ミッドライフ・クライシス
それまでどれだけ満足をした生活を送ってきた人にも、四十台から五十台にかけて「ミッドライフ・クライシス」が訪れる。どのような職業の人には、どの国でもそれは同じだ。人々は突然満足が得られなくなり、自分の生き方に疑問を感じる。年齢別に満足度を測定すると「Uの字」のカーブを描く。若い頃には高く、中年になると低くなり、老年になると再び高まる。何故、五十歳前後で、ミッドライフ・クライシスがやって来るのだろうか。三十代、四十代で頑張りすぎたため、その反動が来るのだという説がある。女性が容姿に対する自信を失うことによるという人もある。しかし、そうではない。ミッドライフ・クライシスは、どのような社会層の人にも、性別に関係なく現れる。
そこに普遍的な、生物学的な理由があるのではないかと考えたヴァイスは、ミッドライフ・クライシスがチンパンジーやオランウータンにもあることを証明した。世界中の五百を越える動物園の飼育係にアンケート調査を実施した結果、どの動物園で飼われているチンパンジーやオランウータンでも、中年になると不満足を示した。これにより、ヴァイスはミッドライフ・クライシスが、文明とは関係なく、生物学に仕組まれたものであると唱えた。
五十代で、人間は自分ができることの限界を感じ、もう後戻りできないことを感じる。しかし、人が逃がしたチャンスや、敗れた愛に慣れていくのと同じように、その状態に慣れ、満足は徐々に戻って来るのである。それは他人との比較することにより、不満足を感じる過程に似ている。人は、自分が期待していた自分と、現在の自分を比べ、その差に気づく。また、かつての自分と現在の自分を比較する。若い頃は、空気で膨らませた城を作るように、将来を楽観的に考えている。しかし、現実の暮らしはその通りにはいかない。四十代から五十代は、それを認めざるを得なくなる時期なのである。しかし、更に年齢が増すごとに、人は逃がしたチャンスと付き合うことが次第に上手になってくるのである。
ケーススタディー、ヨハネス・アルトホフの場合
広告代理店に勤務するヨハネス・アルトホフは三十九歳で部長に昇進した。大学を卒業して入社して以来、彼は週に八十時間働いてきた。四十歳半ばで、彼は広い家に住み、金には不自由しない生活を送っていた。しかし、昔の友人の一言によって、彼は自分のこれまでの暮らしに疑問を感じ始める。
「一緒に飲もうと思っていたのに、残念だな。」
と昔の友人は言った。ヨハネスは、仕事が終わってから飲みにいける友達と時間のある人に嫉妬を感じた。彼自身が久しぶりに感じた嫉妬であった。彼は急に友人が欲しくなった、そして、これまで「スケジュールの奴隷」であった自分が失ったものの多さに気付き、四十八歳の自分に残された時間の少なさにも気付いた。彼は会社に、フルタイムからパートタイムになることを願い出た。最初は却下されたが、彼は粘り、週四日労働で、金曜日に休むことを認めさせた。もちろん、給料は大幅に減った。最初は自由な時間をどのように使ったらよいか戸惑ったヨハネスだが、次第に時間は金では買えないことに気付く。
このように労働を減らすことは、米国では「ダウンシフティング」と呼ばれ一般的に行われている。しかし、ドイツでは、子供の世話など確固たる理由がない限り、なかなか実現するのが難しいようだ。「働く時間を短くしたい」ということは「もっと満足を得たい」ということに他ならない。空いた時間で何をすればよいのかを見つける(本来自分がやりたいことは何かを見つける)、自分にとって仕事の意味を見つける(自分と仕事の関係を見つける)のは結構難しいものなのだ。ともかく、ヨハネスは自分が社会的な存在であることを再認識できた。