天井桟敷の人々

 

二十五周年と書いてあるだけで、どこにもミュージカルの題名を歌っていないポスター。

 

地下鉄を降りたのは七時過ぎ。開演まで後三十分もない。急いでハンバーガーショップで腹ごしらえをする。

ピカデリーサーカスから歩いて二分、ヘイマーケットという通りにある「ハー・マジェスティーズ・シアター」に着く。この劇場名、直訳すれば「女王陛下の劇場」ということになる。今はエリザベス二世の時代なのでこの名前でよいが、もし、男性の王の治世になったら「ヒズ・マジェスティーズ・シアター」に改名されるのだろうか。ともかく、ロンドンの劇場の中でも唯一と言っていいほど、格調高い建物である。

この劇場、一九八六年から延々と「オペラ座の怪人」だけをやっている。(もちろん、休みの日曜日には他の催し物をやるけれど。)驚いたことに、この劇場「オペラ座の怪人」のポスターは掲げてあるが、そこには「二十五周年」と書いてあるだけで、どこにも題名が書いていないのだ。しかし、二十五年も同じことをやっているのであるから、「書かなくても分かる」、「自明のこと」ということで、一種の洒落なのだろう。

劇場に入って、随分と階段を登って「バルコニー席」にたどり着く。ドアを開けて客席に出たとたん、思わず、

「わあっ。」

と叫ぶ。「天井桟敷」なのだ。本当に天井に近く、舞台を見下ろす感じ。舞台まで垂直の距離は十五メートル以上あるのではなかろうか。昔ウィーンで、僕は毎晩五百円でオペラを見ていたが、そのときのことを思い出した。そこも天井に近い立見席だった。座って開演を待っていると、一人の女性がドアを開けてバルコニー席に現れた。彼女もやはり、

「オー・マイ・ゴッド!」

と言って驚いている。しかし、その席でさえ、五千円以上するのだ。

開演が近付き、もっと驚いたこと。それは、観光シーズンも終わった水曜日だというのに、劇場が満席だったことだった。殿様商売をしてもこの盛況。しかも二十五年間毎日。

「人気のあるミュージカルなのだ。」

とつくづくと感じる。それだけに期待度も高い。

舞台が始まる。一九一一年の設定。パリでのオークションの場面。かつてオペラ座で使われていた品々がオークションにかけられる。その中に、お猿のオルゴールと、シャンデリアがあった。車椅子の老人がそれらに関する思い出を語りだす。その途端、おどろおどろしい音楽が鳴り響き、シャンデリアは上昇して天井に達し、輝き始める。

そこから舞台はパリのオペラ座になる。つまり観客にとってはパリの「オペラ座」とロンドンの「女王陛下の劇場」がオーバーラップし始める。「劇中劇」なんてのも、しょっちゅう出てくる。面白かったのは、舞台に俳優が居て、その「後ろ」に緞帳があった場面。つまり、観客は、舞台の「後ろ」から、幕の開く前の舞台を見ているという設定になっている。また舞台を「横から」見たという設定なんかもあった。

 

山の上から渓谷を見下ろすようなバルコニー席。