笑っていない目
モダンで大きなガラ劇場。大学町だからこそこんな立派な劇場があるのだろう。
七時前にスミレの家を出て、「ガラ・ダーラム劇場」まで歩く。劇場はダーラム市では一番大きなものらしい。一応大学にも劇場があるらしいのだが、今回の公演は商業劇場を一週間借り切ってやっている。力が入っているし、おそらく金もかかっているのだろう。チケットオフィスで頼んでおいた切符を受け取り、劇場の中に入る。広い。ロンドンのウェストエンドの小さめの劇場くらいの規模はある。僕たちの席は前から二列目。オーケストラボックスがすぐ前にあり、舞台との距離は五メートルくらい。「かぶりつき」である。
七時三十五分、舞台が始まる。「Oh, What a Beautiful Mornin’」で幕開け。この曲、スミレがしょっちゅう歌っていたので耳に馴染んでいる。と言っても実際スミレがこの歌を舞台で唄うわけではない。スミレは主役ではなく「農夫の娘たちのひとり」という役柄、まあ「その他大勢」のひとりなのだ。
このミュージカル、「南太平洋」、「王様と私」、「サウンド・オブ・ミュージック」などを手がけた名コンビ、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世が手を組んだ最初の作品。一九四三年初演というから、もう六十年以上も演じられている。ミュージカルの「古典」とも言える作品。
舞台装置は、プロの使うものを借りてきたとのこと。オーケストラも上手いし、俳優の歌も演技もよく訓練されていて「それなりに」上手い。しかし、最初の三分で僕は、
「プロの舞台とはどこか違う。」
と思い始めてしまった。僕は一昨年くらいからロンドンのミュージカル劇場巡りを始め、つい二週間前にも「シカゴ」を見た。自分で言うのも何だが、「目の肥えた観客」なのだ。
それからしばらく僕は、「どこが違うのか」を考えていた。そして、しばらくしてそれが「目」であることに気がついた。プロの俳優は、悲しい場面では悲しい目をしており、楽しい場面では「目」も笑っている。しかし、舞台の上のアマチュアの学生さんは、楽しい場面で、「顔」は笑っていても、「目」が笑っていないのだ。やはり慣れていないことからの緊張感から来るものなのだろうか。でも、顔は笑っていても目の笑ってない人がたまにいるけど、あれ、ちょっと不気味だと思いません?
しかし、まあ、そんなことを考えていても仕方がないと思い直し。舞台に集中することにする。
舞台は二十世紀初頭の米国はオクラホマ。当時のオクラホマでは農民とカウボーイの仲が良くなかった。カウボーイのカーリーは農夫の娘ローリーを好きになる。(この辺り、ちょっと「ロミオとジュリエット」風の設定。)ローリーもカーリーのことを憎からず思っているのだが、素直な性格でないのか、つれない振りをしてしまう。ローリーの家の外の小屋に住んで農作業を手伝っているジャドもローリーを好きになっている。一方、カウボーイのウィルも農夫の娘アド・アニーを好きになったが、アド・アニーはジプシーの行商人アリに関心を持っている。そのふたつの三角関係を中心に話が進む。
農夫の娘たちと、カウボーイの若者達のコーラス。