最後の夜
カフィーヤ。白と黒なのでパレスティナ人の被るもの。ヨルダン人は白と赤。
五時ごろにG君のアパートに戻って、シャワーを浴びた後、例によってソファに寝転がって本を読む。そのうちに日没後のアザーンが聞こえてくる。いつもながら、ホッとする時間だ。
今回旅行に持ってきている本は、ヘミングウェーの「陽はまた昇る」。高校生のころ、日本語で読んで面白かったことを思い出し、また読んでみる気になったのだ。高校生の頃、この本から、僕は大きな影響を受けた。それは「酒」だ。この本の登場人物たちは奔放というか何というか、常に酒を飲んでいる。
「僕も一人前になったら、そんな生活がしてみたい。」
と僕は心の底で思った。そして、事実僕は後年酒好きになった。
その「陽はまた昇る」の中に、
「一度好きになった女性とは、結果的に一緒になれなくても、その後最高の『友人』になれる。」
という一説があった。このヘミングウェーの本の中では、男と女の間の「友情」は、基本的に「存在する」ことになっているのだ。その一説が心に残ったので、G君が帰ってきたら、彼にも教えてあげようと思った。
午後七時過ぎ、G君が戻り、今晩は僕の最後の夜なので、外で食事をすることにする。彼には大変世話になったので、
「僕の奢りで。」
と言いたいのだが、僕の金は彼からの借金なのだ。ともかく、今日の夕食代金は、ワリカンにしないで、後でG君に金を返すとき全額返すということで(まどろっこしい話だが)、説明をしておいた。
「ロンドンに帰ったら、きみの日本銀行口座に借金の分を振り込んどくし。」
スミレの借金を返したことがあるので、僕は彼の銀行口座を知っている。
「振込みが終わったら、『賛美歌の十三番』をリクエストして知らせるから。」
このフレーズの意味、分かる人は少ないと思う。「ゴルゴ・サーティーン」。
JICA事務所の前の広いショッピングストリート、クラカット通りのレストランで食事をする。そこにはビールがなかったので水を飲む。かれはマンサフを、僕はスタッフド・チキン(鶏の中に飯と野菜を詰めたもの)を食べた。
夕食後歩いて帰るとき、G君が体脂肪測定器を買った。一見普通の体重計だが、体脂肪値とBMIが表示されるという。アパートに帰って早速試してみたら、体脂肪が十九、BMIが十五と出た。表で調べると一応健全の範囲に入っていて安心する。
その夜は、荷造りをして眠る。大量に持ってきた食料品がなくなったので、スーツケースの中はがら空きだ。ペトラで拾ってきたピンクの石をタオルに包んで入れる。これは金魚への土産。帰ったら金魚の水槽の中に入れようと思う。
いつも渡った歩道橋から「第七サークル」を望む。