世界にひとつだけの場所
ペトラの中の交通手段は馬、ラクダ、ロバの動物だけ。
狭い「シーク」を抜けて薔薇色の神殿の前に立った感動を、自分の言葉で表現しなくてはいけないのだろうが、難しい。前述の井上夕香さんが、それを的確に表現されているので、引用させていただく。
「ここを訪れた人びとがだれでも口にするように、この神殿の素晴らしさは、シクという昼なお暗い神秘的な崖の道と、その道程の果てにいきなり現れる薔薇色の殿堂との対比だろう。黄泉をいく旅人のまえに忽然とあらわれる魔法の光。驚きあやしみながら暗闇をぬければ、あなたはもう天使のひとりになって、光のふりそそぐ神殿の前庭に立っている。」
薔薇色の神殿から右に折れて、更に奥へ三十分ほど歩く。両側には多くの建物の跡や、円形劇場が見える。広い道の終りに博物館と休憩所がある。そこから更に山道に刻まれた細い階段に沿って登っていく。一度心臓を患った僕にはなかなか厳しい登りだ。ペトラはあまりにも広く、高低差もあるので、歩きまわれない人のために、馬、ロバ、ラクダなどの動物が用意されている。一番良く使われているのはロバであろう。小さいくせに意外にタフで、重そうなおばちゃんを背に乗せ、すいすいと急勾配の階段を上がっていく。
三十分ほどで山の上の見晴らしの良い場所に着く。そこには「奥の院」とも呼ぶことのできる寺院が建っている。「建っている」と書いてしまったが、厳密に言うと、彫りぬかれているのである。「モナストリー」、修道院と呼ばれているここがペトラの第二のハイライトと言えるだろう。
日本人の観光客にも何組か出会う。僕はその日JICAのTシャツを着ていたので、日本人の方から声をかけられた。サウジアラビアのリヤドで働いておられるご夫婦と少し話をする。
「昨年はサウジでも雨が降ったんです。普段雨の降らない場所に突然雨が降ると、あっと言う間に洪水になり大変なんですよ。」
とご主人が言っておられた。
岩に登る階段のついているところでは、時々上の方に登って、景色を楽しむ。
「確かに、世界に類のない、唯一無二の場所だ。」
と思う。砂岩は軟らかいので彫り易いのだろうが、それだけ風化も早く進むというもの。二千年経った現在では、建物は殆ど角が取れて、丸い感じになっている。しかし、砂漠の真ん中にあるこの町、ダムを作ったり、貯水用のトンネルを作ったり、水路を作ったり、水の確保に苦心しているのがよく分かる。そして、それに成功したからこそ、この町が栄えたのだと思う。
三時前にゲートに戻る。四時間半歩き続けたので、おそらく二十キロ近くは歩いていると思う。幸い気温が低いのでそれほどバテなかったが、帰り道はずっと登りで結構疲れた。遅い昼食を取る。
半端ではない広さを誇るペトラの遺跡。