アンマンのチャンチキおけさ
伝統的なダウンタウンの女性衣料の店。ここでは売っている服の種類がかなり違う。
三月二十一日、月曜日。今日G君の事務所は日本の「春分の日」でお休み。海外でも、日本の大使館、領事館など政府の出先機関は、日本の国民の休日を休むところが多い。
この日の夜、協力隊の隊員の皆さんを招いての夕食会が予定されている。僕が最初ヨルダンを訪ねる旨をG君に連絡したところ、彼がこちらで何をしたいかと聞いてきた。僕は、ボランティアとして働いておられる協力隊員の何人かの話が聞きたいと伝えた。それなら、いっそのこと、皆を呼んで一緒に食事をしようと、この夕食会が企画されたのである。G君の担当する隊員は全部で十八人。予定では、そのうち十一人の隊員が来られるという。
隊員の大多数は、食欲旺盛な若い人達。G君と僕の分を合わせて、十三人分の料理を作らねばならない。僕は、ちらし寿司、煮物、鶏の照り焼きなど和風を担当、G君はカレー、サラダ、チョコレートケーキなど洋風の担当になっていた。G君の台所には鍋が三つしかない。この三つの鍋を上手に使い回して料理を作っていかなければならない。だから結構時間がかかるのだ。
一晩置いたほうが美味しい煮物や、鶏を捌いたり、ちらし寿司に入れる具の準備、例えば椎茸、金糸卵等、手間と時間のかかるものは、昨日から準備をしていた。朝食が終わってから、ふたりで台所に立ち、それぞれ料理を始める。僕も料理は好きだが、単身赴任生活の長いG君もそれなりに手際が良い。おっさんふたりが、あれやこれやと喋りながら、料理を作るのはなかなか楽しい。しかし、G君がケーキまで焼けるとは思っていなかった。
料理をしているとき、G君が三波春夫の歌を流し始めた。最初は名曲の「チャンチキおけさ」。
「はあ〜、月がわびしい露地裏の〜、屋台の酒のほろ苦さ〜
知らぬ同士が 小皿叩いて チャンチキおけさ〜」
ふたりで歌いながら料理に励む。
午前十時半ごろ、僕の分の下ごしらえが一通り終了する。僕は、ひょっとして失くした財布が誰かに拾われ、届けられているかもしれないので、警察署に行ってみることにした。しかし、普通の警察署に行っても、担当者が英語を話せるという保障はない。それで、僕はダウンタウンのローマ劇場の前にある「ツーリスト・インフォメーション」つまり観光案内所に出向き、そこで助言を仰ぐことにした。
タクシーでダウンタウンの中央郵便局の前まで行き、そこでこの前から書き溜めていた絵葉書を投函した後、観光案内所へ向かう。観光案内所の窓口には「ツーリズム・ポリス」と書いた制服を着た、若い警官が座っていた。「ツーリズム・ポリス」とは、「観光客向け警察官」あるいは「警察署観光課」というところか。しかし、彼はしっかりとピストルを身に付けている。僕は英語で言った。
「あの、タクシーの中で、クレジットカードと金の入った財布を落としたんですけど。どうすればよいでしょう。」
ツーリズムポリスと話をした、観光案内所。ローマ劇場のすぐ前にある。