ショパンを弾けない訳
すっかり大きくなっていい若者になったセバスティアンと。
食事の後、またセバスティアンと代わる代わるキーボードを弾いて遊ぶ。ティーンエージャーの彼が弾くのはもちろんポップス。僕が弾く曲はどうしても、バッハやハイドンあたりに偏ってくる。しかし、僕が別に古臭い曲ばかり好きというわけではない。ドビュッシーやショパンを弾くには、左右の鍵盤が足りないのだ。
ピアノの先生のヴァレンティンによると、ピアノが今のような八十八鍵盤になったのは、ベートーベンの頃。それ以前は鍵盤数がもっと少なかったという。従って、モーツアルトやハイドンやバッハの曲では、極端に高いあるいは低い音は使われていない。だから、小さめのキーボードでも弾けるわけだ。カロラにそれを説明すると、
「モト、今日のあなたの話、すごくポッシュに聞こえるわ。あなたらしくない。」
と言われた。
しかし、十七歳のお兄ちゃんと、共通の趣味があり、一緒に遊べるというのは楽しいものだ。
今日も明日に備えて九時にはおいとまをすることにした。
「次回会うのは八年後じゃなくて、もっと早くにね。」
と、日曜日のイレーネと同じことをウリが言った。
再びカロラの「ヘンリー」でアーヘン方向に車を走らせる。車の中でカロラと色々話をする。
「子供の頃に母親の離婚を二回も経験したセバスティアンが、それにも関わらず、とても素直な子に育っているので安心した。」
と僕が言うと、
「普通なら、二度のショックを受けたと考えるでしょ。でも彼は一度目で慣れてるから二度目はショックじゃないって考えたの。」
カロラが言った。なるほど、彼なりにポジティブ思考をやっているんだ。若いのに偉い。
「これからも、セバスティアンに手紙やメールを書き続けないと。」
と僕は思った。
木曜日、二晩続きのご招待は楽しかったが、夜に出歩くとどうしても疲れる。それと、他人と話していると、その間自分をちょっと無理してハイにしているので、独りになると何だか反動で落ち込んでしまう。木曜日の朝も、僕はかなり疲れていた。でも今晩が最後、明日はロンドンに戻ることになる。そう考えると少しホッとする。
幸い、仕事も一段落し始め、少し時間に余裕ができ始めた。来週からは僕がいなくなり、現地スタッフだけで仕事を回してもらわなければならないので、逆にそうならないと困るのだが。
今日は五時に退社。最後中華料理でも食いに行こうかと思いながら、森の中を散歩する。辺りには、まだ明るさが残っている。しかし、歩いているうちに、そのまま眠ってしまいそうになってきた。
駅のホームの弁当屋ならぬパン屋さん。