シュヴェーベバーン
シュヴェーベバーンの終端駅、オーバーバルメン駅。
以下の話は別のエッセーにも書いたことがある。十年前、一歳のカタリーナとの会話。
「カタリーナ、これ何?(ヴァス・イスト・ダス?)」
と聞くと、彼女は、
「これはこれ。(ダス・イスト・ダス。)」
と答えたのを覚えている。
「一歳児にして、何て哲学的な返答をする娘なんだ。」
と僕は当時感心した。
ケーキとコーヒーを囲んでお茶の時間が始まったが、カタリーナは十年後も変わりなく、物怖じしないでよく話をする娘だった。
「わたしのクラスに日本人の子がいるの。その子ったら月曜日から金曜日まで学校に来て、土曜日は別の日本語の学校に行くの。それに、毎日ピアノやバレーのレッスンを受けてるの。わたし、そんな生活したら死んじゃうわ。」
とカタリーナが言う。
「日本の子供達は、多かれ少なかれ、皆そんな生活をしてると思うよ。」
と僕が言うと、イレーネが言った。
「だから、日本人はどこでも優秀なのね。」
このイレーネも、話していてなかなか面白い女性だ。とても明るい性格。話していてこちらまで気が晴れる。それと、「ご飯と味噌汁がないと生きて行けない」という日本人の女性がいるとすれば、彼女はそのドイツ版。自分の良く知っている場所に住んで、自分のよく知っている人々と食物だけを相手にしていれば、それで幸せという人物。僕のような「旅人」とは全く正反対。自分と正反対の人って、話しているととても面白い。
モノレールに乗せてくれるというので、四時前にヨハンと彼の車で家を出る。モノレールの片方の終点「オーバーバルメン駅」は彼の家のすぐ近くだ。そこから全長十三キロのモノレール「シュヴェーベバーン」に乗る。「シュヴェーベン」というのはドイツ語で「ブラブラする、ゆらゆら揺れる」という意味である。
一九〇一年の開業というと、何となく博物館的、骨董品的な乗り物を想像されるかも知れないが、今でも立派に市民の足になっている。事実、カタリーナは毎日これに乗って学校に通っているそうだ。
先ほども書いたが、元々ヴッペルタールは、川沿いのV字型の谷に発達した細長い街で、平地が少ない。道路を作るにも、路面電車を通すにも不便な地形だ。そこで、街の中心を流れる川の上にモノレールを作ってしまおうという発想が生まれたらしい。空間を利用するという意味では、画期的なアイデアであると思う。このモノレールで、片方の終点オーバーバルメン駅から、もう片方の終点フォーヴィンケル駅まで乗ると、街中を漏れなく見ることができるので観光にも大変便利だ。
シュヴェーベバーンのもうひとつの終端駅、フォーヴィンケル駅。