写真の中の意外な人物
ユリア、カタリーナ、イレーネとヨハン。
「うん、五年前に心臓の手術をしてから、もう走れなくなった。」
と僕はヨハンに答える。
「実は俺ももう走れないんだ。」
とヨハンは言う。彼は足の付け根の関節を痛め、人工関節に取り替えることを医者から勧められているという。そう言えば彼は片足を少し引きずっている。十年の間にふたりとも変わったんだ。
「今日の予定はね、これから俺の家に来てもらって、家族でお茶を飲む。その後、『シュヴェーベバーン』に端から端まで乗る。その後夕食を食べに出る。レストランは娘のユリアが予約しているはず。」
とヨハンは言った。
その計画に従って、まず坂の中腹にある彼の家に行く。ここでまず、ヴッペルタールの地形について説明をしておかねばならない。「ヴッペル」とは町を流れる川の名前で、「タール」とは谷のこと。つまり、読んで字の如く、この町は川と両側の谷で形作られている。昔この町に住んでいた同僚のEさんは、自分は「ヴッペ谷」の住人だと自称していた。「ヴッペ谷」、なかなか可愛い「日本昔話」に登場しそうな名前ではないか。
ともかく、この町では平地は少なく、川の両側のV字型の斜面に市街地が広っている。そして、その川をまたぐ形で、つまり川の真上を川に沿って「シュヴェーベバーン」(吊り下げ式モノレール)が走っている。そのモノレールは日本で言うと明治年間、一九〇一年に開業したというから驚きだ。
家の玄関を入ると、奥さんのイレーネと、娘さんのユリアとカタリーナが迎えてくれた。ひとりひとりとハグを交わしていく。
「モトが前回来た時の写真、見つけたのよ。」
とイレーネが一枚の写真を差し出した。写真の隅の小さな日付を見ると、二〇〇一年五月になっている。ちょうど十年前だ。そして、そこに一緒に写っているのは、何と、今はマレーシアに住んでいて、ふたりの男の子の母親をやっているチズコだった。
十年前、僕が単身赴任でメンヒェングラードバッハに住んでいたとき、当時の会社の同僚だったチズコも、出張か何かでデュッセルドルフに来た。その時、週末ふたりヨハン一家を訪ねたのだった。十年前に撮られた写真を見ると、チズコも若いし僕も若い。三ヵ月の間に、チズコとヨハンのふたりに再会するという偶然も面白い。
「彼女は今マレーシアに居るよ。クリスマスに会ってきた。」
と言うと、皆驚いている。
ユリアは十八歳。カタリーナは十一歳とのこと。ユリアは運転免許を取って、車まで持っている。カタリーナが十一歳と言うことは、カタリーナは前回会ったとき、彼女はまだ一歳だったのだ。ところが、その一歳の赤ちゃんと僕は会話をした記憶がある。
モノレールは川の上を走っている。