たぬきは化ける
雪解け水で増水したライン河。流れを遡る船は結構大変。
もう七、八年前になるが、デュッセルドルフ・マラソンに出場したことがある。その時、ライン河の畔のちょうどここがゴールだった。二十二キロ付近で潰れて、残りの二十キロを歩くという苦しいレース。ゴールしてから、まさにこの場所で、足の痙攣と戦っていたのを思い出す。ふくらはぎが痙攣して、そこを伸ばそうとすると太股が痙攣する、そこを伸ばそうとすると別の筋肉が痙攣するという、モグラ叩きのような、結構大変な状態になっていた。通りかかった看護婦のお姉さんに、介抱してもらったのを覚えている。
デュッセルドルフの街中は、あちこちが工事中だ。特に、路面電車の線路に沿って、掘り返されている。大規模な再開発が行われているのだろうか。
昼過ぎ、いよいよ「刺身定食」への期は熟した。ホテル日航の隣の、ちょっと怪しげな日本料理店に入る。日本酒を注文し、その後注文を取りに来るのを待つ。二十分以上経っても誰も料理の注文を取りに来ないので、頭に来て、日本酒の金だけを置いて店を出る。
結局、この前A部長とN次長と一緒に行った串焼きの店へ入り、そこで「たぬきうどん定食」というのを食べる。残念ながら、刺身定食はなかったのだ。しかし、関西の人間には「たぬきうどん」と言うのは奇異に響く。「きつね」は「うどん」、「たぬき」は「そば」というのが永年の「刷り込み」だからだ。
「まあ良いか、たぬきは化けると言うし。」
そう思いながら、僕はテンカスの入った「たぬきうどん」を食った。
毎日の昼食のラーメンに、何か入れた方が美味しいし、身体にも良い。そう思い、日本食材店でモヤシを買う。
細かい霧雨が降りしきる天気、散歩や観光には向いていない日。ついつい雨の当たらない、座れる場所を探してしまう。カフェへ入って娘のミドリに便りを書く。
「ドイツには昔長く住んでいたし、今回もっと懐かしい、故郷に帰ったような気がするかと思っていた。でも、実際は何か知らない国に来たような気がする。英国に長く居すぎたのかな。」
そんな感想をミドリに書く。これは正直な気分。僕自身ドイツとドイツ人とドイツ語は好きだし、もっとはしゃげるかと思っていたのだが。実際は、沈んでしまいそうな自分を無理矢理に鼓舞しているという感じ。
本屋がある度に入り、何か面白そうな本はないかと探す。「ベストセラー」などとシールが貼ってある本には、ついつい手が伸びてしまう。結局五冊を買い込み、その度にリュックサックが重くなる。これで半年ほどは、本を買う必要はなさそうだ。(僕は英語を読むスピードが遅いので、読書はもっぱらドイツ語なのだ。日本語なら早く読めるが、日本語の本は容易に手に入らないし。)
三時前に、中央駅で車を取り、ホテルに戻る。テレビをつけると、スキーのジャンプの中継をやっていた。それを見ているうちに眠くなり、二時間ほどグッスリと眠った。
その日は一日中小雨が降っていた。