エイ・エイ・オー!
兵士を鼓舞し、戦いを勝利に導くヘンリー五世。(グローブ座HPより転載)
ヘンリー五世は二度に渡る困難な戦いに勝利する。一度は尻込みする兵士の尻を叩き、一度は圧倒的なフランス軍を前に萎縮しそうになる兵士を鼓舞し、かれはイングランド軍を勝利に導く。戦いを前に、ヘンリーは、舞台の最前列に立ち、あたかも平土間の観客が兵士達であるように語りかける。それを聴いている僕達は、
「あれ、おいらはこれからフランス軍と戦うんだっけ。」
と言う気分になる。そして、最後に王が、
「エイ・エイ・オー!」
と剣を突き上げると、こちらも思わず乗せられて、
「エイ・エイ・オー!」
と拳を突き上げて叫んでしまう。ありゃあ、乗せられちゃった。
「ヘンリー五世」は「戦いの劇」である。しかし、何千人という兵士が入り乱れて戦う場面を、三十人も立ったら満員の、狭い舞台で再現しようというのだから、これは大変。色々な工夫が凝らされている。爆音、煙と言った舞台効果。劇場のありとあらゆる入り口から、役者が出入りして、狭い舞台を補う。また、スローモーションの演技が取り入れられ、映画の戦闘の場面を見ているような気分にさせる。
また、戦いの中でのエピソードとして、逐次が「実況放送」される。その結果、「現在の戦況、どちら優勢なのか」が分かるようになっている。ヘンリー五世を始め、俳優達も、登場するたびに顔に顔が汗と泥で汚れ、浴びる返り血が増えていく。
戦いの前夜、ヘンリー五世が、変装して、兵士達の「真実の声」を聞きにいく場面がある。空腹と疲労に苛まれながらも、兵士達は意気軒昂で、王のために一命を捧げる覚悟であることを語る。王もそれに感激する。なかなか感動的な場面。当然「夜」なのだが、グローブ座には照明装置も暗幕もない。辺りは午後の光に満ち満ちている。そんな中で、夜の雰囲気を出すのに、音楽とたいまつが効果的であった。
夜の戦場、マンドリンの叙情的なメロディーが流れている。「ビルマの竪琴」の水島上等兵ではないが、おそらく、故郷を思う兵士の一人が弾いているという設定なのだろう。そして、本当に火が点されたたいまつ。これだけで、見ている者は「夜」の気分にさせられ、膚に当たる風も、どことなくひんやりと感じられるではないか。
これは経済的な理由だろうか、それとも伝統なのだろうか。ひとりの俳優が二役、三役をこなす。それもチョイ役の俳優がではなく、準主役級の俳優が何度も別の役で登場する。例えば、フランス王を演じる男優は王の他に三役をこなし、重要な役割を果たす「少年」役の若い女優はフランスの王女キャサリンの役もこなす。一番最初に登場する「コーラス・語り手」の中年の女優は最後にフランスの王妃イザベラ役で登場する。はっきり言って、これらはちょっとややこしい。メイクアップなどほとんど変えないで、同じ人物が登場、これまでイングランド側にいたのに急にフランス側に鞍替えしているんだから。
「ちょっと、あんた一体どっちの味方なんよ。」
中入り、立見席の観客は座り込んで足を休める。