完璧な予習

 

一九八九年に、ケネス・ブラナーが演じたヘンリー五世。

 

「ミーはロンドンに芝居を見に行くざんす。」

「イヤミ先生、どうして今回はおフランスではなくて、イギリスで芝居なんですか?」

シェー!クスピア」

 

シェークスピアの舞台を見るのもこれで何回目になるだろう。シェークスピアの生誕地ストラトフォード・アポン・エイヴォンにある「ロイヤル・シェークスピア・カンパニー」で数回、ロンドンの「シェークスピア・グローブ・シアター」で数回。

いずれの場合も、劇場に行く前にかなりの「予習」をした。シェークスピアの英語は、英国人が聞いても、英文科の学生である末娘のスミレが聞いても、完全には理解することは難しいという。それを英語の苦手な僕が読むならともかく、聴いただけで理解するなんて、はなから無理。

従って、ストーリーを理解し、芝居を楽しむには、かなりの下調べが必要なのだ。これまでは、インターネットでストーリーをダウンロードして、それを開演前に読んでおくことが多かった。しかし、今回僕はより「完璧な予習」を行った。映像化された「ヘンリー五世」を見たのだ。しかも、違うバージョンで二本も。

 一本目は一九八九年に上映されたケネス・ブラナーの監督、主演になるもの。DVDを借りて見た。二本目は、一週間前の七月二十一日にBBCで放映された、トム・ヒドルストンの主演になるものを、夏休みで帰省していたスミレと一緒に見た。ふたつとも、原作に忠実に作られているとは言うものの、かなり違う視点から作られていた。前者はどちらと言えば大時代的な演出で、後者は現代風のあっさりした演出だった。しかし、これらを見ることは、全容と細かい筋の展開を理解することに非常に役に立った。つまり、僕は芝居を見る前に、全ての場面を二度見て、全ての台詞を二度聞いたわけである。

「ふふふ、これほど『完璧な予習』をして、劇場に向かうことは、これまでなかったぞ。」

家を出て駅に向かって歩きながら、僕は独りでほくそえんだ。

 僕がグローブ座で「ヘンリー五世」を見た前夜、ロンドン・オリンピックの開会式があった。午後九時から始まり、真夜中過ぎまでの長いセレモニー。ジェームス・ボンドからミスター・ビーン、エリザベス女王からデイヴィッド・ベッカムまで登場する、なかなか盛り沢山の開会式であった。

その開会式の冒頭で、英国の田園風景が競技場に再現されたのを、覚えておられる方もおられるだろう。そこに山高帽をかぶった「ジェントルマン」が何人も現れた。その中で「ジェントルマンの親玉」という役割で、シェークスピアの「テンペスト」の一説を朗読していたおっさんが、僕の見た映画でヘンリー五世を演じていた、ケネス・ブラナーであった。

さてさて、この物語の主人公、ヘンリー五世とはどのような王様なのだろうか。例によって、僕はインターネット百科事典「ウィキペディア」で調べてみることにした。

 

二〇一二年、BBCのドラマでヘンリー五世を演じるトム・ヒドルストン。

 

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