乗りまくる中年

 

このミュージカル、ロンドンで1000回の公演を記録した。この車、火を噴く。

 

窓口でチケットを受け取って中に入る。この劇場は一度「ガイズ・アンド・ドールス」を見に来たことがある。その時は感じなかったが、思いのほか狭いのに気がつく。しかし、狭い劇場は、観客と俳優に一体感があってかえって良いものだ。一九二八年開場というから、かなり古い劇場。壁も緞帳もピンクで、緞帳には黒いリーゼント頭とサングラスをあしらった、大きなグリースのマークが付いている。一九五〇年代のちょっとレトロな音楽がバックグラウンドに流されていた。

僕の席は、ストール、つまり舞台の前の平土間の前から十二列目、嬉しいほど舞台に近い。舞台の端まで、十メートルもない。ここからなら俳優の表情まではっきりと分かる。まともに買えば五十六ポンド、約八千円の席であったことを思い出す。この劇場、普通なら舞台と観客席の間にあるオーケストラボックスが見当たらない。その分、舞台が客席に近いのは良いのだが、ミュージシャンたちはどこで演奏するのだろう。(実は舞台の後ろで演奏していた。)

ひとつ空けて右の席は母娘と思われる二人連れ。娘さんの方が、花に水をやるジョウロの形のバッグを持っている。緑色で洒落ている。前を通してもらうとき、

「素敵なバッグですね。」

と褒めてあげる。一つ置いて左の席は二十代のお姉さん。なかなか「クール」な感じの美人。周りを見回しても、独りで来ているのは、僕とこの女性の二人しか見当たらない。開演十分前と言うのに席は三割くらいしか埋まっていない。

「このまま始まったらいくらなんでも俳優さんたちが可哀相。」

と心配していたが、開演前にゾロゾロと人が入り、六割の入りぐらいにはなった。いずれにせよ、十一月の火曜日、空席が多い。

ミュージカルが始まる。舞台は一九五〇年代のアメリカのハイスクール。女性のふんわりしたスカートがとても可愛い。ミニスカートもいいけど、トラディショナルなこんなスカートも結構セクシー。夏休みが終り、皆が学校に戻ったところからストーリーが始まる。以下は、インターネット百科、ウィキペディアの紹介文である。

 

「夏休みの避暑地で知り合った高校生のダニーとサンディ。ひと夏の恋で終わったはずだったがサンディは父の転勤でダニーと同じ高校に転校してくることに。サンディは思いがけない再会に喜ぶが、実はダニーは『T・バーズ』という不良グループのリーダー。仲間の手前、つれない素振りをするダニーに怒ったサンディ。二人の恋の行方を描く。」

 

アメリカの高校生の話なので悩みがなくて軽い。そんなことを言ったら、高校生から、

「おいらたちだって、それなりに悩みはあるんだ。」

と言われそうだが。しかし、基本的に、後になって考えれば微笑ましい「悩み」が多いものだ。今、自分が高校生のときのことを思い出しても。ともかく、このミュージカルの魅力は、「軽さ」と「乗り」に尽きると思う。観客は僕も含め、中年の人々が多いが、そのような人達さえも自然に「乗せて」しまう、自然に身体が動いてしまう舞台であった。

 

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