ミュージカルの虜

 

グリースのかかっているピカデリー・シアター。結構小さい。

 

 「ミュージカルの虜」をインターネットの検索エンジンで調べると、多くのサイトに行き当たる。取りも直さず、それだけミュージカルの虜になっている人が世の中には多ということ。ミュージカルには一度見出したら止められない、麻薬のような魅力があるらしい。

親しい友人で、同じくロンドンにお住まいのサトシさんという方がおられる。彼はかつてミュージカルの魅力に取り付かれ、ほとんど毎週のように劇場を訪れていた。同じ作品を何度も見たとのこと。つまり、彼も「ミュージカルの虜」だったのだ。

そのサトシさんが数年前、目出度く結婚された。しばらくして、彼と会ったとき、

「奥さんをもらわれて、一緒に大好きなミュージカルを見に行く相手ができて、良かったですね。」

と僕は彼に言った。

「いいや、結婚してからまだ一度も行ってないんですよ。」

とサトシさん。

「ええ、そりゃまたどうして?」

僕は驚いて尋ねた。

「一緒にミュージカルを見に行った相手とは別れるという『ジンクス』があるもんで。」

なるほどねえ、奥さんはもちろんミュージカルより大切なんだ。

さて、僕も「ミュージカルの虜」になってみようと考えた。やる前から「虜」になることを宣言するなんて、何だか変だけれど。ロンドンに住んで二十年、これまでミュージカルは数回見た。「マイ・フェア・レディ」を日本から来た母と見に行ったし、「王様と私」は娘のスミレが出演していたので二度見た。(彼女はシャムの王様のゴチャマンといる娘の一人だった。)「ライオンキング」は姉夫婦と、「ガイズ・アンド・ドールズ」は娘の誕生日に家族全員で行った。

「他人のお尻にくっついて行っただけじゃない。」

その通り。あくまで受動的な見方しかしていなかったのだ。

しかし、どれも面白いと思った。ミュージカルは、ストーリー、脚本、歌、演技、舞台装置などが巧妙に組み合わさった「総合芸術」であり、どの作品も非常に良く考えて作られていることに感心した。そして、見ていて楽しかったのも事実だ。ただ、その後、自分から積極的に、見に行きましょうと、行動を起こしたことはなかった。要するに、その辺り、面倒臭かったのだ。それに、僕は朝方の人間、夜はいつも疲れ果てていて、十時には布団に入っていという爺様婆様のような生活。夜出歩くのはおっくう。

「ディスカバー・ロンドン」と自分で名付けているのだが、ここ数年、暇を見つけては、ロンドンのあちこちを見て回ることにしている。僕は自分の意思でロンドンに住み始めたわけではない。結果的に、偶然に、ここに落ち着いてしまったという感じなのだ。だから、はっきり言って、ロンドンに対する愛着という点では、長い間それほど濃くなかった。

 

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