ミュージカルの都

 

これがグリースのトレードマーク。リーゼントとサングラス。

 

「せっかく『世界の大都会ロンドン』住んでいるんだから、見られるだけの物は見ておきましょう。」

幸い(と言っていいのかなあ)仕事も出張も減り、時間はあるし。そんな感じで僕は暇を見つけては「ロンドン巡り」を始めた。あちこちをほっつき歩いて、写真を撮ってウェッブアルバムに載せているだけなのだが。

季節は十一月、これから寒くなるし、天気も悪くなる。何より日が短くなる。午後四時には夕闇が街を包んでしまう。もう外を見て歩く時期ではない。僕は、ふと、ロンドンは「ミュージカルの都」であることを思い出した。ミュージカルを見に、わざわざロンドンを訪れる人がいるくらいだもの。

「よおし、今年の冬は、ミュージカルの『ハシゴ』で行こう。」

僕は今年の残り日々の目標をそこに置いた。

先立つものは「時間」と「金」である。先ほども書いたが、今のところ不況で仕事が暇、残業もほとんどないので、夕方なら時間は取れる。金はない。しかし、インターネットで調べたところ、当日売れ残りの券を買えば、二十ポンドから三十ポンド、つまり三千円から四千円で入場できるらしい。もちろん、週末や暮れはどの劇場も満員だろう。しかし、十一月や一月の、火曜日や水曜日など余り人の出ないウィークデーを選べば、売れ残りのチケットは手に入りそうだ。

十一月のある火曜日、僕は最初の行動を起こした。昼休み、インターネットで当日券を探る。第一のターゲットは、ミュージカル、「グリース」。幸い二十八ポンドで良い席が見つかった。開演は午後七時半。会社が終わってから車を置いて、地下鉄でウエストエンドまで行っても十分間に合う時間だ。僕はチケットを購入した。

ロンドンの繁華街の中心、レスター・スクエアで地下鉄を降りたのは午後六時半。どこかで簡単に食事をしていきたい。木枯らしの吹く寒い日。暖かいラーメンが食いたい。

僕は昔、ロンドンの街中で働いていた。そのときは何処にラーメン屋があるとか、何処にうどん屋があるとか、熟知していた。しかし、今は郊外からこれまた郊外のヒースローに直接車で通勤しているので、街中に来ることがほとんどない。街の様子はその間にどんどん変わり、日本のラーメン屋がどこにあるのかなんて、見当も付かない。ソーホーのチャイナタウンを通り抜ける。両側は皆食べ物屋だ。しかし、中華料理店でじっくりと夕食を取っている時間もないし、懐もそれほど暖かくない。

適当に歩いているうちに、「六ポンド五十ペンス(約千円)で食べ放題」と書いた看板が見えたので、そのタイ料理屋に入る。日本で言う「バイキング形式」、こちらで言う「ビュフェット」である。肉かなと思って料理を取ると、豆腐だった。コレステロールの高い僕にとっては好都合な、なかなか健康的な店であった。その後、劇場の向かいのパブで、白ワインを一杯ひっかけ、僕はピンク色のネオンの点いた劇場のドアを押した。

 

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