コンピューターへのまごころ
暑い日の午後、堀川で水遊びをする子供達。
父の月曜日の昼食が運ばれてくる。昨日と同じように、飲み込み易いようにミキサーにかけられてはいるものの、メニュー、量ともに普通の人と変わらない。父はそれを半分くらい食べた。
一応今の病院は、治療が済んだ時点で出なければならない。その後は社会復帰まで、リハビリ専門病院で過ごすことになるという。そのリハビリ病院の選択のことで、友人の医者D君に電話をする。こうなると使えるコネは全部使わなきゃ。
今日は、午後三時から五時まで、サクラの家でピアノの練習をさせてもらうことになっていた。父には悪いが、
「ちょっと出かけてくる。お父ちゃんの夕食までには戻る。」
と言い残して、二時半ごろママチャリで病院を出発、サクラの住む西院に向かう。気温は三十度を越えているだろうが、風があるので自転車を漕いでいてそれほど暑くは感じない。
三時ちょうどにサクラの家に着く。いつものように彼女の笑顔が僕を迎え、それを見るとホッとする。彼女は二日前の土曜日、実に三十年ぶりにヴァイオリンの発表会でステージに立ったという。
「こんな小さい子と一緒やったん。」
とサクラは胸の辺りを示した。大人になってからステージに立つ気分。よく分かる。
「いつも絶対に間違えないと自信のあるところ、間違えちゃうのよね。」
本当にその通り。その発表会を僕は二週間後に控えている。しかも全然練習は全然はかどっていない。それから一時間半、発表会で弾く曲を中心にかなり集中して練習する。
「最後は結構こなれてきてるよ。」
とサクラが言ってくれる。
サクラが横で、パソコンにワイヤレスのマウスをつなげようとしている。つながらないという。僕が調べてみると、パソコンはちゃんとマウスを認識しているし、問題なく動き出した。
「何で何で、どうして私がしたらダメで、ケベがしたら動くの。」
とサクラ。
「サクラさん、心がこもってなかったんと違いますか。いい加減な気分でやったでしょう。コンピューターに『まごころ』が伝わらなかったということです。」
ととりあえず精神論で片付けておく。隣で彼女が笑い転げていた。
五時過ぎにサクラの家を出て病院へ向かう。サクラの家は南にあり病院は北にある。基本的に京都は北へ向かうほど高くなっている。京都で道に迷ったら、とりあえずおしっこをして、流れる方向が南だというくらい。したがって帰り道は上り坂でつらい。しかも今日から暑くなり、夕方でも気温は三十度をゆうに越えている。御前通りを北野天満宮まできたときにはかなりばてていた。しかし、サクラと話したので気分は軽い。
僕は寸暇を惜しんで練習に励むが、連弾の相方のマユミはちゃんと練習してるのかな。