日本へ
ダーラム大聖堂の中庭で。ハリー・ポッターの学校のような場所。
日本へは六月二十三日に発って、英国へは七月二日に戻ってくる予定。日本から帰って一週間後の七月十日にはピアノの発表会がある。ドイツでは、マーゴット夫婦の家で三日間練習したきり。京都へ帰っても練習できるかどうか分からない。それで帰宅すると疲れてはいるが、ピアノの練習が待っている。
火曜日の午前中、何とか仕事の目処がつく。そのとたんに、アドレナリンが切れて、力が抜ける。会社の帰りに医者に立ち寄り、飛行機の中で飲む精神安定剤を処方してもらう。
夜、ピアノのレッスンにマユミとふたりでヴァレンティンの家へ行く。発表会で連弾するブラームスのワルツを録音してもらって自分たちで聴いてみる。
「まだまだやなあ。」
という感じ。しかし、残された時間はあとわずかなのだ。
水曜日。仕事というものはキャッチボールみたいなものだと思う。お互いにボールを投げ合って、つまり、順番に自分の部分の仕事を片付けそれを他人に渡しては、全体の仕事が進んで行く。休暇に行く前には、ボールを全部相手に投げ終えて自分の手は空にしておかなくてはならない。その日は相手にボールを投げることに集中する。
昼前から激しい雨になり、昼の散歩ができない。明日からウィンブルドンでテニスの全英選手権が始まる。ウィンブルドンが始まると天気が悪くなるというジンクスは今年も当たっているようだ。
ドイツ出張中結局三十時間以上の残業をした。それに対する代休を取ることにより、日本に帰る際に取る有給休暇はわずか四日で済むことになった。これは僕にとって都合の良いことだ。父の状態を考えると、急に日本へ戻らねばならないような事態がまたあるかも知れない。そんなとき、有給休暇が少しでも多く残っている方が助かる。
水曜日の夕方帰宅すると、マユミが京都に母に電話をしたという。
「お父さんはあなたが帰って来ることを知っていて、楽しみに待っているって。」
そう言われると帰り甲斐があるというもの。一週間の滞在、それに夏のこと、荷物は少ない。適当に荷造りを済ませる。
六月二十三日、日本へ出発の朝。六時に目が覚める。完全に疲れ気味。頭が重い。まあ、その方が飛行機の中でよく眠れるか。
マユミの運転で、ヒースロー空港第四ターミナルへ。出発までまだまだ時間がある。チェックインを機械で済ませ、荷物を預けるために列に並んでいると、前にいた黒人のお姉さんがトイレに行きたいという。彼女のトロリーを前へ押しておいてあげる。
「ありがとう。」
と言いながら彼女は戻ってきた。アムステルダム行き、関空行きの便ともに満席で、僕の嫌いな三席並んだ真ん中しか残っていない。せめて後ろがないだけでも楽かと思い、アムステルダムから関空までは、最後尾の列にする。
今回は完全に練習不足、まだまだです。