ボートを漕ぐ人それを追いかける人
アメンボウのように華奢なボートが通り過ぎて行く。
二時間僕が運転した後、ノッティンガムでマユミに運転を交替。九時過ぎにダーラムまであと少しというところでスミレに電話を入れる。
「あと十五分で着くからね。」
その後は僕が運転しダーラムの街に入り、スミレの住むセント・ジョンズ・カレッジの前に着いたのが九時半だった。カレッジは大聖堂のすぐ足元、大聖堂とその周辺は世界遺産に指定されており、スミレは世界遺産の中で生活していることになる。
セント・ジョンズは大聖堂の真下のペニンシュラという地域にあるが、そこに入るためにはマーケット広場を通らなければいけない。そこが舗装工事中。工事現場の兄ちゃんに、「セント・ジョンズまで車で行って帰ってこられるかい。」
と尋ねる。しかし兄ちゃんの英語に訛りがあり、彼が何を言っているのかよく分からない。この辺りはニューカッスル方言なのだ。
スミレに会い、まだ眠っていたルームメイトのシャーロットを叩き起こし、スミレの荷物を車に積む。トランクと後部座席がほぼ満員になった。荷物と言うのは知らない間に増えるものなのだ。
スミレはその日の午後、カレッジ主催の劇、シェークスピアの「お気に召すまま」に出演することになっており、午前中はそのリハーサルがあるという。
「パパとママも劇を見ていったら?」
と勧めてくれるが、午後二時からの劇を見ていたら、ロンドンに帰り着くのが何時になるか分からない。しかし、せっかく四時間半も走ってきたのに、このまま帰ってしまうのもちょっと残念。それで、少しだけ、「ダーラム観光」をしていくことにする。
リハーサルに行くスミレをカレッジに残し、Uターンして石畳の道を抜け、車をショッピングセンターの駐車場に停める。そこから、川に沿って歩き出した。ふたりで競技用のボートを漕いでいる若い女性が横を通り過ぎる。
「すみません、通してください。」
という声が後ろからする。見ると、ボート部のコーチと思しき中年の男性が、自転車に乗ってボートを追いかけている。彼に道を譲る。コーチはボートの若い女性に何か叫びながら通り過ぎていった。
スミレもダーラムでボート部に入って「舵付フォー」(四人で片方ずつ二本のオールで漕ぎ、コックスの乗っているやつ)を漕いでいる。音楽好きのスミレが何故突然ボートをやりだしたのかは、今もって謎である。
「多分、あんなして練習してるんやろね。」
とマユミと言い合う。
川にかかる橋の上から、何艘かのレース用のボートが見える。黒々とした水の上の華奢なボートは白いアメンボウのように見える。
ボートで後ろの橋を潜り抜けるのは結構難しいらしい。