夢に出てくる場所
丘の上の城に続く石畳の道。
旧市街からエリザベート教会に降りる道を「シュタインヴェーク」(石の道)と言う。文字通りダラダラ坂の石畳の道だ。そこに昔小さな映画館があった。今は大きな「シネマコンプレックス」が郊外に出来ているので、その映画館はおそらく潰れていると想像していたのだが、何とまだ営業していた。これには感激。「アマデウス」、「ラスト・エンペラー」、「Uボート」、「モモ」などの映画をここで見たものだ。もちろん全てドイツ語で。当時は子供たちが小さかったので、最初の晩はマユミが見て僕が子守り、次の晩は僕が見てマユミが子守りという段取りになっていた。
坂を下ったところに重厚なゴシック建築のエリザベート教会があり、その横に三人の子供たちが生まれた「ウニヴェルジテート・フラウエンクリニク」(大学婦人科病院)があった。いや、あるはずだった。建物は残っていたが、病院はどこかへ移転したらしく、廃屋になっていた。
二時半になったので、マーゴットに、
「今マーブルクにいるの。これから行くから。」
と電話を入れ、駐車場から車を出して走り出す。マーゴット夫妻が住んでいるのはマーブルクから二十キロほど離れたグラーデンバッハという街。彼等は昔マーブルクの街中に住んでいて、その後田舎へ引っ越した。僕は彼等の新しい家に行ったことはない。
今回、彼等の家に泊まることにしたのには理由がある。彼等の娘さんのノラがロンドンのドイツ大使館で実習をしたとき、ノラは一ヶ月近く僕の家に居候をしていたのだ。そんな事情があるので、
「ちょっと泊めて。」
と非常に頼み易い立場なのだ。それと彼等の家にはピアノがある。
マーブルク市内から、グラーデンバッハに行く道は、昔通勤のために毎日通った道だ。僕の働いていた某ファスナーメーカーの工場は、ふたつの町のちょうど中間にあった。遠回りをして、昔の職場、その工場の前を通ってみる。この工場で働いた六年間は僕の人生の中でも結構大きな位置を占めているようだ。「ようだ」というのは、僕は特に意識していないのだが、この工場でまた働くことになった夢を僕は今でも何度も見るのだ。工場は生垣と塀に囲まれ、中はあまり見えなかった。僕はかなり複雑な気分でその前に立った。
昔よく聞いた地名の書かれた標識を次々と見ながら走る。僕らの家族がマーブルクを去ったのが一九九一年、二十年経っても、地理だけはまだ覚えていた。
マーゴットとジギの住むのは、グラーデンバッハの街中から更に十キロ近く走った、ヴァイデンハウゼンという村だった。村人に何度か道を尋ねながら辿り着いた彼等の家は、村の外れの最後の家で、その後は麦畑が数キロ先まで続いている。
ふたりに迎えられ彼等の家に入る。リビングルームがメチャ広く、優に五十平米はある。庭も広く、京都市内の小学校の校庭くらいはあった。
市役所前広場の木組みの家。