石畳の道

 

立体的なマーブルクの街。ラーン川の橋から旧市街を臨む。

 

今日から二晩、友人のマーゴット、ジギ夫婦の家に泊めてもらうことになっている。彼等には三日前に電話で、

「午後三時ごろに行くからね。」

と伝えてあった。メンヒェングラードバッハからマーブルクまでの距離は二百五十キロ。四時間もあればいけるだろうと思って、荷造りを終えてからまたベッドでウトウトする。

 十時過ぎにホテルを出る。高速道路をしばらく走るとケルン大聖堂の二本の尖塔が見えてきた。ケルンを過ぎてアウトバーン四号線に入ると、道は上り坂になり、「ベルギッシェス・ラント」という山がちの地方に入る。

運転していて変な気分。マーブルクはマユミと僕が初めて住んだ場所。思い出もあるし、思い入れも深いし、友人もまだ沢山いる。そしてここ十年間一度も訪れていない。僕自身、今週末マーブルクに行くことを楽しみにしていた。それなのに、車がマーブルクに近付くにつれ、何となく、行くのが怖いというか、このままUターンして帰りたい気分になってきた。何故だか分からない。自分の過去と対峙するということは、結構勇気の要ることなのかも知れない。

「ありゃあ、早く着きすぎた。」

マーブルクまであと三十キロのギーセンという街まで来たとき、まだ正午。二時間で来てしまった。二百五十キロの距離と言っても、空いたアウトバーンを時速百三十キロで走っているのだ。計算は合う。これではまだマーゴット夫婦の家に行くのは早すぎる。僕はまずマーブルクの旧市街まで行き、少し市内観光をしてから彼等を訪れることに決めた。

マーブルクの街はかなり変わっていた。ラーン川沿いの大学の食堂や温水プールがあった辺りに大きなショッピングセンターが出来ている。そのショッピングセンターの駐車場に車を停めて、エレベーターで、「オーバーシュタット」(上の街)へ向かう。マーブルクの旧市街は城をとり囲む丘の上にあり、そこまではエレベーターがついているのだ。

旧市街は何も変わっていなかった。木組みの古い家々が石畳の狭い道に沿って並ぶ。「ラートハウス」(市役所)の前に出る。ドイツ統一の夜、この前で「ドイツ国歌」を歌ったのを思い出す。市役所を背にして左側の古い建物が「シュタンデスアムト」(市の戸籍局)。子供達の出生証明書必要なとき、今でも僕はここに手紙を書いて取り寄せている。

丘の上に立つ城に登る。石畳の道を登るのが苦しい。昔はヒョイヒョイと登れたのだが。

街を見下ろす場所で、ひとりのアジア人の女性に、

「写真を撮っていただけますか。」

と英語で声をかけられる。街をバックに写真を撮ってあげる。

「どこから来たの?何をしてるの?」

と英語で尋ねると、カナダから来た民俗学の先生で、今マーブルク大学で集中講義をしているとのことだった。マーブルクは大学町でもある。

 

オーバーシュタット(旧市街)へ登るエレベーターの乗り場。

 

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