醤油が欲しい

 

城の堀の畔で、水鳥に餌をやる人たち。

 

夜中に起きたので、翌朝は何となくすっきりしない気分で出社する。京都の従兄弟の奥さんからメールがロンドンに届き、それがマユミから会社に転送されていた。従兄弟のFさんは昨日父の見舞いに行ってくれたのだ。Fさんによると、父親の容態は今のところ安定しているとのこと。意識もかなりはっきりしてきて、見舞いに来た「甥」に対して、

「見舞いありがとう。」

と言ったそうだ。離れていると、こんな情報が有り難い。早速お礼のメールを書く。

昼休み、またブリギッテと三十分ほど散歩をする。彼女は、「ブール」というスポーツをやっている。ブールというのは、夏みかんほどの金属の球を地面に投げ、目標からの近さを争うという、ルール的に言うと氷の上で行う「カーリング」と似たようなスポーツだ。フランスで盛んらしい。パリの公園で、爺さん婆さんがボールを「アンダースロー」で投げている光景を、テレビで見たことがある。しかし、それが「スポーツ」として確立されているとは知らなかった。ブリギッテは地元のクラブでプレーをしているが、ドイツ選手権や世界選手権なんてのもあるそうだ。僕が色々尋ねていると、

「今度、モトがこっちに来たときには、クラブに連れて行ってあげるね。」

とご招待を受けてしまった。

昨夜、蚊に食われて眠れなかったのに懲りて、昼過ぎに車を借りて、防虫スプレーを近くの薬局に買いにいく。しかし、薬局は「昼休み」で閉まっていた。ドイツに住んでいた時分は、店に「昼休み」があることは「常識」として頭に入っていた。しかし、ロンドンに永く住んでいるうちに、そんなことは忘れてしまっていた。ロンドンでは店は一日中やっている。夕方もう一度薬局に行き、防虫スプレーを買う。これで今晩は安心して眠れる。

六時に仕事を終え、ホテルに戻る。四十五分ほど散歩して、少しキーボードを引いた後、食堂へ行き、今日は鱒を注文する。丸ごと一匹の大きな鱒の唐揚げを、ライムと塩胡椒で食べる。欲を言うと醤油が欲しい。辛口の白ワインと鱒はよく合った。

父の容態が落ち着いてきているので、二週間のドイツ出張は何とか全うできそうな気がしてきた。部屋に戻り、グラーデンバッハに住むケック家と、マーブルクに住むクラーク家に電話をする。いずれも、奥さんのマーゴットとヘルガが電話に出た。父に何も無く、来週もドイツに留まる場合、今週末は彼等の所を訪ねる予定になっていた。その旨をマーゴットとヘルガに伝える。ふたりとも、

「モトの来るのを楽しみにしてるからね。」

とのことだった。

疲れていたので九時過ぎにはベッドに入る。外はまだ明るく、日が照っている。ヨーロッパの夏は日が長いのと、メンヒェングラードバッハが、中部ヨーロッパ時間を使う地域の最も西側にあるので、なかなか日が暮れない。今回の出張で、「暗い夜」というのは一度も体験しなかった。眠るときにまだ明るく、ひと寝入りして目を覚ますともう明るい。

 

城の庭園は今バラが見頃。

 

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