珍獣パンダになった気分
雨が降っているので、今日はレストランの庭のテーブルはお休み。
六時過ぎにオフィスを出て、会社から借りた車でいつものホテル「エリーゼンホフ」に向かう。今回の車は紺色のフォルクスヴァーゲン・ゴルフ。オートマなので運転し易い。
六時十五分には森に囲まれたホテルに着く。このホテル、周囲に何もないが、会社までの通勤時間が短いのがよい。ホテルに着く頃に、一度晴れた空の雲行きがまた怪しくなってきた。それで、散歩は取りやめ、部屋でキーボードの練習を始める。
七時半ごろに階下の食堂へ行き、夕食を取った。食堂のガラス張りの屋根を、雨粒がつたっている。散歩に出なくてよかった。部屋に戻り、飛行機に乗る際電源を切りその後電源を入れ忘れていた、携帯電話のスイッチを入れる。日本から「至急返信乞う」のメッセージが入っている。慌ててその番号にかけると姪のカサネが出た。彼女は今日、父(つまり彼女の祖父)のお見舞いに行ったらしい。
「お祖父ちゃんの容態に特に変化はなかったよ。」
とのこと。安心する。時計を見ると午後八時半、日本の午前四時半に彼女を叩き起こしたことになる。
「カサネ、許せよな。」
その日は朝が早かったので十時前には眠ってしまった。
夢を見た。日本から電話があって姉と母がすぐ帰れと言っている。慌ててインターネットや電話で日本行きの切符を捜そうとするが、全然見つからない、
「どうしよう。」
と焦っている夢だった。うなされて起きる。心配事あると、本当にロクな夢を見ない。
火曜日、朝五時半に目が覚める。昨夜は十時には眠っていたし、睡眠時間は足りている。夢見は悪かったが。
ホテルを出て森の中を散歩する。父のことに関して、出張中は思うように情報が入ってこないのでついつい焦ってしまう。しかし、焦っても仕方がない。「便りのないのは良い便り。」と思うしかない。これまでできるだけ父に会うために日本に帰り、できるだけ父と一緒に時間を過ごすように自分なりに努力してきたのだから。
森の中の散歩。昨夜また雨が降ったらしく、湿気が多く、気温も低い。
出社して、総務部に車のキーを返しに行く。いつもなら、デートレフがやってくれるのだが、彼は出張でいない。
「ありがとう。また夕方に借りに来るから。」
と社有車担当の女性にドイツ語で言うと、
「まあ、あなた、日本人なのにドイツ語喋れるの。」
と珍しがられる。総務部の皆が珍しそうに僕に注目する。ここの会社、日本人は皆英語でコミュニケートしている。
「ねえねえ、ちょっと、何かドイツ語で喋ってみてよ。」
何か動物園の中の珍獣になった気分である。ここの会社でドイツ語を話す日本人は、パンダ並みに珍種であるらしい。
朝の散歩。自分の長い影が地面に映る。