空を見ていたブリギッテ

 

夕立の到来を見守る、ブリギッテとフリートヘルム。

 

デュッセルドルフの空港で、スーツケースと共に、キーボードをデートレフのワゴン車に積み込んだ。コンピューターのキーボードではなく、音楽のキーボード。幅は一メートル二十センチあり、ヒースロー空港では特別な荷物預かり所へ持って行き、デュッセルドルフ空港でも別の窓口で受け取らねばならない。

今回も、キーボードを持っての出張。一ヶ月後の七月十日にピアノの発表会がある。出張中と言えども、稽古は欠かせないのだ。

金曜日、同僚のセイコに、

「来週からまた二週間出張でいないからね。帰ってきてもまだ僕の机があるといいんだけど。」

と冗談を言った。

「モトさん、また出張に『ピアノ』を持って行くんですか。」

とセイコは聞いてくる。僕は人差し指を口に当て、

「シー、あれは『ボス』には内緒なんだから。遊びに行くと思われたら嫌だもん。」

しかし、その日本語の会話は「大ボス」のT次長に聞かれてしまっていた。

「それ、もう知れ渡ってます。」

「大ボス」は厳かに言った。あ、そうですか。

「しかし、セイコさん、いくら何でも、『ピアノ』は出張に持っていけないでしょうが。会社の『引越課』に頼まないと。」

メンヒェングラードバッハ(いちいち書くと余りにも長いので、今後はメングラと書くことにする)のオフィスに着き、同僚たちと今週の計画を立てた。木曜日は終日会議、金曜日はデュッセルドルフの得意先の訪問。それ以外の時間には、新しくメンバーに加わったエヴァルトの教育が組まれていた。

英国では、四月から五月にかけて、殆ど雨が降らなかったが、ドイツもずっと晴天が続いていたという。ライン河を渡るとき、水量がかなり減っているのが分かった。一部では船の航行に支障をきたしているらしい。最近は、よく夕立があり、永い間の晴天で枯れた芝生に緑が戻りつつあるらしい。

その日の午後も夕立があった。ドイツもオランダとの国境に近いこの辺りになると、ひたすら平らだ。窓から見ると、平らな草原を夕立雲が近付いてくるのがよく分かる。灰色の雲の下にカーテンのように雨が垂れ下がっているのが見える。それがどんどんと近付き、立ち並ぶ発電用の風車がその雨のカーテンの中に隠れる。

「なかなかスペクタクルな光景だ。」

僕は思わず見入ってしまう。ドイツ人の同僚のブリギッテとフリートヘルムも窓際に立って、その光景を見ていた。間もなく、激しい雨が窓を打った。そして、半時間ほどの雷雨の後は、また良い天気が戻った。

 

間もなく辺りは激しい雨に包まれた。

 

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