プロローグ
予定していたルフトハンザがストで飛ばず、ヘルシンキ経由のフィンエアで関空に着いた。
退職したらやってみたいこと。その第一番は、シベリア鉄道を使い、全て陸路で英国から日本へ戻ること。これをやった人は何千人もいるだろうし、別段目新しいものではない。でも、自分でやってみたい。(フルマラソンを走る人は何十万人もいるけど、挑戦者は絶えないもんね。)シベリア鉄道では、モスクワからヴラディオストクまでだけで七泊八日の旅程だという。前後合わせると、十二、三日かかると思う。おそらく退職してからでないとそんな時間は取れない。でも、あまり歳を取ってしまうと、十日間列車に揺られるなんていう体力がなくなってしまうだろう。だから、退職して数年間が勝負だと思っている。
長い旅だけに誰かパートナーが欲しいところだ。誰かこの話に乗らないかと思って、家族に話してみた。
「英国から日本まで鉄道で帰らない?」
妻に聞いてみる。
妻:「どれくらいかかるの。」
僕:「シベリア鉄道だけで七泊八日。」
妻:「それで、窓からの景色は良いの?」
僕:「冬だと一面の銀世界だろうね。きれいだと思うよ。でも、八日間、殆ど同じ景色らしいけど。」
妻:「退屈だわ、やめた。」
妻と僕英国から船で大西洋を越えて、カリブ海に行ったことがある。そのときも、確か、船は八日間くらいずっと海の上にいた。三百六十度、毎日見えるのは海と水平線だけ。
僕:「あのときの船旅と一緒じゃん。」
妻:「船の上には、ジムやプールや、色んなエンターテインメントやアクティビティーがあるわ。列車だと、ただ乗っているだけじゃないの。」
確かにその通り。これじゃ妻と旅を共にすることは無理そう。家族のメンバーで、唯一話に乗ってきたのは真ん中の娘のミドリだった。彼女はお金を出してくれるなら、一緒に来てもいいと言った。数年後、ミドリと僕はトコトコとシベリアの原野を旅しているかもしれない。
旅には大抵の場合目標がある。家族に会いにいくとか、国際会議に出席するとか、暖かい土地へ休暇に行くとか、逆に寒い土地へオーロラを見に行くとか、メッカに巡礼にするとか、警察の手配から逃れて高飛びするとか・・・しかし「シベリア鉄道の旅」は少し違う。飛行機で飛んだら十時間で行くのに、わざわざ十日もかけて移動する、十万円もあれば足りるのに、わざわざその四、五倍の金をかけて。その場合、旅の目的は「旅」である。「結果」を楽しむのではなく「過程」を楽しむのだ。まさに「旅を旅する」ということになる。
でも、今は「シベリア鉄道」は無理。今回日本に一時帰国するに当たり、僕は「ミニシベリア鉄道の旅」を企画した。
京都を出発。東海道新幹線の車掌は若いお姉さん。最近のJRは女性職員が増えた。