ホビット村
萱葺きの可愛い家の立ち並ぶコッキントン村。
宿から僕は「コッキントン」という村に向かった。「トーキーに着いたらまず見なければならない十の場所」というウェッブサイトに、「いの一番」として、この村が挙がっていたからだ。B&Bのおばちゃんに道を聞いて、歩き始める。三十分くらいで着くという。海岸から離れて、坂道を登っていく。実際、僕の足では村まで三十分かからなかった。上の方から眺めると。山間の小さな盆地に、萱葺きの家が並んでいる。
坂道を降りて、村に入る。
「あれっ、この景色どこかで見たことがある・・・」
と、僕は自分の記憶の糸を手繰る。
「そうだ、『ロード・オブ・ザ・リングス』のホビット村や!」
ホビットというのは小人族で、斜面に萱葺きの家を建てたり、穴を掘ったりして暮らしている。映画では、いかにも牧歌的な村ということで設定されていた。斜面に立つ小さな萱葺きの家が、本当にホビット村に似ている。斜面の芝生にカフェがあり、その小さな舞台で、ピアノでラグタイムミュージックが演奏されている。観光用の馬車が、ポコポコという音を立てて行き交い、乗っている人と、見ている人が手を振り合っている。直径三メートルはあろうと思われる水車が回っている。
「平和〜!のどか〜!」
端から端まで歩いて五分くらいの小さな村だが、結構賑わっていた。と言っても、マナーハウスの前の芝生に、三十組くらいの人がピクニックをしていただけだが。コッキントンが「トーキーに着いたらまず見なければならない十の場所」に選ばれたのには、十分な理由があると思った。良い場所だった。
一時間ほどコッキントンにいて、元来た道をトーキーに戻る。トーキーの海岸に着いた後、海岸に沿って、観覧車とマリーナの方角に向かって歩き出す。確かに、そちらの方は賑わっていた。途中、「サマー・スクール」のティーンエージャーの団体とすれ違う。色々な言葉が聞こえてくる。同じ国から来た子供たちで固まっているのだろう。
「せっかく親に高い金を払って来させてもらってるんやし、しっかり英語を勉強せえよ。」
と心の中で言う。
一時間半近く歩いたので、カフェに座って一服をする。座ると汗が引いて寒くなり、トレーナーを着る。カフェの隣に、小さい劇場があった。色々な出し物を交互にやっているが、「もちろん」、アガサ・クリスティーの戯曲「マウス・トラップ」もその中にあった。
マリーナには、数百隻のヨットや、モーターボートが停泊している。どれも白い色で、翡翠色の水に映えて美しい。マリーナにはボートの仲介業者の店が幾つかあった。中古のボートを売りたい人、買いたい人に斡旋をするのだろう。幾つかの物件を見る。
「わあ〜、良い値段、家が買える!」
僕は値段を見て驚いた。クルーザーは安いものでも十五万ポンド、約二千万円はする。
後ろのカフェから、生ピアノの音楽が聞こえてくる。のどかな午後。