<はじめに>
一九九〇年代後半から、スウェーデンを始めとする北欧の推理小説が、全世界で愛読されている。スウェーデンのヘニング・マンケル、ホカン・ネッサー、スティーグ・ラーソン、ノルウェーのヨー・ネスベーなど、欧州各国でベストセラーになった作家は、枚挙に暇がない。しかも、彼らの作品は、一部の推理小説愛好家に読まれただけでなく、「電車に乗ったらほとんどの人がラーソンの本を読んでいた」と言われるくらい(1)、多くの人に読まれ、一種の社会現象となった。また、多くの作品は映像化され、本を読まない層にまで浸透してきている。この現象は「ノルディック・ノワール」と呼ばれている。
私の意図はふたつある。まず、他の分野では比較的マイナーな、北欧、特にスウェーデンの作家が、何故推理小説の世界では大きな地位を占めるようになったのかを探りたい。二番目に、現在の推理小説、特に警察小説の原型がスウェーデンから発生していることを論じていきたい。そして、その出発点が、一九六〇年代から七〇年代に発表されたシューヴァル/ヴァールーの「マルティン・ベック」シリーズであることを証明したい。
先に述べた「ノルディック・ノワール」という言葉だが、その基礎にあるのは「フィルム・ノワール」である。フランス語で「暗い映画」、これは一九四〇年代から五〇年代にかけて米国で作られた、「マルタの鷹」(2)等の犯罪を題材にした一連の映画を指している。「ノルディック・ノワール」は、「北欧で作られた暗い映画」という意味で、二〇〇〇年以降、使われるようになった。
英国のBBCは二〇一一年八月に「ノルディック・ノワール、スカンジナビア推理小説の物語」という番組を放送(3)、その中で、北欧の推理小説の人気の秘密を掘り下げている。その時に、代表的な北欧の推理作家として紹介されたのは、以下の人たちである。
@ スティーグ・ラーソンStieg Larsson (スウェーデン)
A ペーター・ホゥPeter Høeg (デンマーク)
B
アーナルデュル・インドリダソンArnaldur
Indriðason (アイスランド)
C
マイ・シューヴァル/ぺール・ヴァールー Maj Sjöwall/Per Wahlöö (スウェーデン)
D
ヘニング・マンケルHenning
Mankell (スウェーデン)
E
カリン・フォッスム Karin
Fossum (ノルウェー)
F
ヨー・ネスベー Jo Nesbø (ノルウェー)
BBCの公共放送という性格から、どの国からも万遍なくということで選ばれたという感はあるが、代表的な作家をそれなりに抑えていると思う。この中で、まず、商業的に圧倒的な成功を収めた、ヘニング・マンケル、スティーグ・ラーソンについて述べることから始めてみたい。
***
(1)
Swedish
Criminal Fiction, Novel, Film, Television、Steven Peacock、Manchester University Press 2014(英国)
(2)
「マルタの鷹」(The Maltese Falcon)は、ダシール・ハメットの探偵小説。1930年発表。私立探偵サム・スペードの登場する唯一の長編。いわゆるハードボイルド派を確立した作品として名高い。三度にわたって映画化されており、特に1941年のジョン・ヒューストン監督、ハンフリー・ボガード主演のものが有名である。(ウィキペディア、フリー百科事典による)
(3)
Nordic Noir, The Story of
Scandinavian Crime Fiction, BBC Four, Time Shift, 21:00-22:00, 21 August 2011