言葉がない?

 

 

両手を広げての、西洋式の挨拶の後、サンシャインさんは座布団の上に座って話し出す。彼が話すのを聞いて、そのテンポの速さに驚いた。落語家には噛んで含むようにゆっくりと話す人が多いのだが、彼はまくしたてるように話す、メチャ早口の英語。機関銃のように言葉が出て来る。それでも聞き取れるところはさすがプロ。一つ一つの単語が、正確に歯切れよく、クリアーに発音されていることに気付く。

先にも書いたが、彼はカナダ人である。本名はグレッグ・ロービック(Greg Robic)という。経歴によるとオンタリオ州トロント生まれ。トロント大学卒業後俳優となる。来日した際、たまたま聞きに行った落語の魅力に取りつかれて桂三枝に入門。内弟子と過ごした後デビュー。上方落語協会会員。現在は、活動の拠点を東京・ロンドンに置いているとのことである。

観客の六割は日本人で、四割が非日本人。もちろん「英語落語」だと知って来ておられるからには、日本人の方々は皆英語を理解される方たちなのだろう。僕の前に、英国人の若い女性が和服を着て座っている。すらりとしたなかなかの美人で、ブルネットをアップにした髪に、落ち着いた青い着物が似合っている。

さて、初めて落語を聴きに来た人もいるだろう。その方たちのために、簡単な「ルール」、「申し合わせ事項が」説明される。右を向いて話したときと、左を向いて話したときは、別の人物ですよ、などというもの。それから、小道具についても説明があった。落語の小道具は二つだけ、「手ぬぐい」と「扇子」。

「これが『手ぬぐい』、練習のために皆さんで一緒に言ってみましょう。はい、て、ぬ、ぐ、い。」

「て、ぬ、ぐ、い!」

なんていう練習がある。

彼は「敬語辞書」という辞書を持っているという。(もちろん作り話なのだが)その中には、日本語の最高に丁寧な表現から、最もラフな表現までが書いてあるという。感謝の気持ちを伝えるために、

「ありがとう。」

「どうもありがとう。」

「ありがとうございます。」

「どうもありがとうございます。」

とだんだん丁寧になっていく。一番最高位にあるのが、

「何と感謝申し上げていいのか、言葉もございません。」

とのこと。当然、日本語でこのフレーズを行った後、その意味を英語で説明するのだが、

In order for me to express the gratitude I feel toward you there are no words.

と言ったのには笑った。「no words、言葉がない」んだものね。でも、こう言うしかない。

 

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