お先に失礼します

 

 

「お先に失礼します。」

「お疲れ様。」」

僕の会社には日本人と非日本人がミックスで働いているが、日本人同士では当然この挨拶が交わされる。そのうち、それを聞き覚えた、非日本人の社員も真似をし始める。

「オサキニシツレイシマス。」

「オツカレサマ。」

当然のことながら、彼らはそれがどのような意味を持つのか聞いてくる。英語でそれに一番近い挨拶は、

See you tomorrow.’(また明日。)

Have a good evening.’(お休み。)

であろうか。しかし、そんな説明では彼らは納得しない。もっと深い意味を聞いて来る。

Please forgive me leaving earlier than you.’(あなたより先に帰る私を許してください。)

Thank you for your hard working. You must be very tired.’(よく働いてくれて感謝します。お疲れのことでしょう。)

そう説明すると、短いフレーズの意味が、そんな長いはずはないと言ってくる。実際長いのである。ニュアンスを正確に伝えようとすると、こう言わざるを得ない。各言語の持つニュアンスとは、それほど複雑なものなのだ。

反対に、英語では短い表現が、日本語にすると長くなることがある。

Oh my god!’

これを「私の神様」と訳す翻訳家はいないだろう。一番近い訳は、

「何てこった、パンナコッタ!」

落語家、桂三輝(かつら さんしゃいん)さんのロンドン公演を聴きに行った。彼はカナダ人で、六代目桂文枝師匠の弟子である。桂文枝さんは現在の名前を襲名するまで「三枝」いう名前だった。それで、そのお弟子さんのほとんどは、師匠の名前の一部を貰って「三なんとか」という名前である。「三輝」を僕は「さんき」と読むのだと思っていたが、さすがカナダ人ということで「サンシャイン」と読ませている。

十月一日の日曜日、ロンドンのレスタースター・スクエア劇場で、彼の落語を英語で聴いた。「日本語のニュアンスを英語に伝えようとしても伝わらない、それでもまだ努力すると一体どうなるか。」という努力が、彼の落語の真骨頂だと思った。それが笑えるのである。

普通、落語家が舞台に出るときは、三味線と太鼓による出囃子が「チンチン・トントン」と鳴り、舞台の袖から落語家が登場し、真ん中の座布団に座るというのが通例である。サンシャインさんの登場は「ユー・アー・マイ・サンシャイン」の音楽で始まる。幕が開くと、長身で金髪の彼が着物を着て立っていた。

「ウェルカム・エブリバディ。桂サンシャインで〜す。」

 

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