二段プリン
空から見たオールド・サラム。プリンを二つ重ねた形というのがご理解いただけると思う。
食事を済ませて外に出ると、建物の表に「レストラン」だけではなく「ウェディング」と書いてあるのが分かった。
「こんな化け物屋敷みたいなところで、結婚式を挙げる人いるのかねえ。」
「そうですよねえ。」
とふたりで訝しがる。
レストラン「化け物屋敷」を出る。霧雨が振り出した。車を走らせていると「ダックレース」という看板が出ているのにノリコが気づく。
「うちのハンプトン・コートの近くのテムズ河でも時々やっているんです。」
「ダックレース」聞いたことがないぞ。「ホースレース」は競馬。「ドッグレース」は競馬の犬バージョン。「ダックレース」というのはアヒルを走らせるのかな。でも、アヒルってちゃんと真っ直ぐ走ってくれるのかしら。
「アヒルってちゃんと走る?」
よく聞いてみると、子供がお風呂で遊ぶ黄色いアヒルのおもちゃを一斉に川に流し、最初に下流のゴールに辿り着くアヒルを当てるとのこと。全然違っていた。テムズ河に一度流すと、回収するのが大変だと思ったが、ちゃんとその場所は網で囲ってあるとのこと。
「地図によると、オールド・サラムってもうボチボチこの辺りなんだけど。」
と僕が言うと、
「あれよあれ。」
とノリコが前方右手を指す。
台形、つまりプリンを平たくしたような丘が見える。その上にもうひとつプリンが乗っている。余りの近さ、意外な規模の大きさに気づかなかったが、僕たちはもうすぐ傍にいたのであった。大きいプリンの上、その上の小さなプリンの横にある駐車場に車を停める。
「こんな古いお城の傍に住んで、毎日犬を連れてここへ散歩に来られたら最高。」
と感激した表情でノリコが言った。確かに、何もないが、歴史を感じさせる、風情のある場所である。ソールスブリー大聖堂の尖塔が小雨に煙っている。
入場料を払って小さなプリンの中に入ってみる。大きなプリンの直径は三百メートルくらい。上の小さい方も百メートル近くある。下からは見えなかったが、そこはかなり深い円形の堀に囲まれていた。所々顔を出す古い建物の一部を除けば、全てが絨毯のような緑の芝に覆われている。
建物は殆ど残っていない。それもそのはず。説明を読むと、ヘンリー八世が、
「おれはこの城もう要らん。お前にやるから好きにせえ。」
と言って臣下に与えてしまったそうだ。その臣下は、他の場所に城を建てるための建築材料として、この場所の建物をすっかり壊して持ち去ったという。道理で、全てがすっきりとなくなっているわけである。
ダックレースというのは、およそこのようなものだそうです。イメージ写真。