最終日
やっと見つけた観光客のひとりに撮ってもらった写真。
「そう言えば、今回一回も観光をしてへん。」
僕は最終日の前夜に気づいた。イーストコーストの散歩、一度、旧市街に飯を食いに行った以外、ワティの住むマンションの近辺を離れていない。
「せっかく来たんやから、マーライオンとマリナ・ベイ・サンズくらい、見ておいた方がえいいんちゃう?」
と僕は妻に言った。最終日の飛行機は、午後十一時四十五分発、明日も丸一日時間がある。妻の、七日目の検査が午後三時からあるので、どっちみち、街の方に向かって行かねばならない。ついでに、ということで、僕たちはマリナ・ベイ界隈を、少し観光することにした。
最終日、十一時ごろにマユミとマンションを出る。調べておいた、マリナ・ベイを通るバスに乗る。バスは二十分ほどで、マリナ・ベイに着き、バスを降りた僕たちは、まず、マーライオンに向かう。この「世界三大ガッカリ」に挙げられるマーライオン(後のふたつは、コペンハーゲンの人魚の像、ローレライの岩、ブレーメンの音楽隊の像と諸説あり)しばらくは辺りの工事の為にお隠れになっていたそうだが、昨年から復活している。
「誰もおらん、どないなってんねん!」
僕と妻は、マーライオンの前で驚いた。仮にも、シンガポール一の観光名所、もうちょっと人が居ても良いと思うのだが、見事に人影がない。二人の写真を誰かに撮ってもらいたいのだが、それを頼む人さえ見つからない。二か月前から、やっと外国からの入国を受け入れるようになったとは言え、シンガポールはほぼ一年以上、外国人の入国を原則拒絶していた。まだまだ観光客はいないのである。やっと現れた家族連れのお父さんに写真を撮ってもらう。
正午を少し過ぎた頃、太陽は本当に頭のてっぺんから照り付ける。影のない世界。僕と妻は、マリナ・ベイ・サンズの対岸にある、ビアガーデンに入り、ビールを飲んだ。暑い風、強烈な陽光、冷たいビールが美味い。そこの居心地が良かったので、ビールのお代わりを頼み、昼食も取ることにする。頼んだのは、キャビアの乗った、冷たいパスタ。素麵と冷やし中華を足して二で割ったような感じ、口当たりが良く、暑い場所で食べるには最高。
その日の夜、夕食の後八時ごろ、娘たちと僕は、チャンギー空港に向かった。息子、ゾイ、エンゾーと別れを惜しむ。息子のマンションを去る際、息子が言った。
「パパには、身体に気をつけて、まだまだ元気でいてもらわないと。エンゾーが大学を卒業するとき、卒業式に出席することを目標にしてね。」
エンゾーの卒業式、順調に行って二十二年後。どこだろう。シンガポール、ひょっとしたらアメリカかも知れない。そのとき、まだ元気で、地球の裏側まで旅行できる体力があったら、本当に素晴らしいのにな。
暑い国はビールが美味い!ここから撮った写真で、絵を描いた。