フォー
三本歯の高下駄という様相のマリーナ・ベイ・サンズ。五十億ドルという建築費であったという。
息子と別れた後、「マリーナ・ベイ・サンズ」へ行く。六年前にオープンしたこの高下駄のような建物は、シンガポールの新しいシンボル。下駄の歯の部分はホテル、下駄の板の部分は、レストランやプールになっているとのこと。そして、下駄の下の地面の部分は、ショッピングセンターになっており、世界的に有名な高級品の店が軒を連ねているという。妻と僕はそのショッピングセンターに入っていった。妻はシンガポールでワンピースを買いたがっていた。気に入ったワンピースがあったらしく、一軒の店に入って行く。妻がそのワンピースを手に取って尋ねる。
「おいくら。」
「四千五百ドルですが、只今セールになっており、たった二千八百ドルでお求めいただけます。」
と女性店員が答えた。さらっと言ってくれるじゃない。「二千八百ドル」、日本円に直すと二十二万円。妻はもちろん買わなかった。その代わり、帰り道、コンドの近くのショッピングモール、VIVOセンターで、二十八ドルのワンピースを買っていた。何と百分の一の値段。
マリーナ・ベイから出て、今度は妻が靴を買いたいというので、オーチャード・ロードへ行く。オーチャード・ロードも、高級品の店が立ち並ぶショッピングストリート。息子が、
「ロンドンのオックスフォード・ストリートみたいなもんかな。」
と言ったが、実際行ってみると、道幅が広く、真ん中が並木になっており、オックスフォード・ストリートと言うよりも、パリのシャンゼリゼに似ている。小さなシンガポールだが、大きなショッピングモールが、驚くほどあちこちにいくつもある。
「中国人って本当にショッピングが好きだよな。」
と思ってしまう。日本へ来る中国人観光客の「爆買い」と関係があるのかどうか知らないが、中国人って本当にいつも買い物をしている感じ。しかし、ショッピングは当然お金なしではできないわけで、それだけ裕福な人が多くなったのだろう。
その日の夜、息子は友人と食事の約束があるとのこと。妻と僕はふたりでタクシーに乗り、ベトナム料理を食べに出かけた。その店は「アラブ・ストリート」つまりアラブ人街の近くにあった。夜の八時ごろにアラブ・ストリートを歩いてみる。殆どの店はもう閉まっているが、絨毯の店だけは開いている。そう言えば、今年の「ラマダン(断食月)」の開始は一週間後。北半球では日は長いし、気温は高いし、断食する人も大変だろうと思う。
息子のお勧めの店、ベトナム料理の「ミセス・フォー」は、壁はコンクリートの打ちっぱなしで、インテリアも実にあっさりした店。気軽に入れる店だった。酒類は置いていない。フォー、お粥、マンゴー、春巻き、二枚貝のニンニク炒めを注文する。スープのたっぷり入った、ハーブの効いた、薄味のフォーは、アジアの麺類の中でも僕が特に好きなもの。汁を「ズズズッ」とすすって、「ファー」とため息をつく。まさに関西で「きつねうどん」を食べている気分。
生春巻きと並ぶベトナム料理のエース。あっさりしたフォーは、日本人好み。特に関西人には好まれる味。