トーヴェ・アルステルダール
Tove Alsterdal
(1960年〜)
マルメー出身、作家、ジャーナリスト、劇作家
ウィキペディア、スウェーデン語版より。
トーヴェ・アルステルダールは二〇一四年の「スウェーデン犯罪小説作家アカデミー賞」を受賞している。彼女のミステリー作家としてのデビューは遅く。二〇〇九年、四十九歳のときである。二十年以上、フリーランスのジャーナリスト、劇作家などの経験を経て、中年になって犯罪小説に挑んだ人である。そして、それまでの経験が、彼女の作品の中には活かされている。第一作の最後に各方面への賛辞が書かれているが、彼女が犯罪小説を書くきっかけとなったのは、リザ・マークルンドの勧めであるという。(1)
アルステルダールは二〇二〇年現在、四作の犯罪小説を発表している。シリーズではなく、単発である。五十代で書かれた作品だが、書き方はエネルギッシュで若々しい。彼女が並々ならぬ熱意をもって書いていることが、読者にもヒシヒシと伝わってくる、そんな作家である。
彼女は一九六〇年にマルメーに生まれた。その後、一度は北の町、ウメオに住んでいた。ジャーナリストとして活動した後、夫と劇場経営を始め、劇作家としても活動していた。先にも書いたが、リザ・マークルンドと交友が深い。(2)
さて、彼女のデビュー作「Kvinnorna på stranden(浜辺の女)」であるが、ドイツ語訳で四百ページ近い大作である。舞台は、ニューヨーク、パリ、ポルトガルのリスボン、スペインのタリファ、スウェーデン、チェコのプラハと多岐に及んでいる。
ニューヨークの劇場で働く女性、アリー・コーンウォルが、パリに取材に行き行方不明になった夫、パトリックを探す物語である。
夫のパトリックが黒人であることが、後半になって初めて分かる。それも突然。それまで、パトリックの肌の色には一切触れられていない。アリーは白人である。当然、パトリックも白人であることを予想して読んでいた。それなりにイメージを築きながら。彼が黒人であるという記述に出会ったとき、心に描いていたイメージが壊され、愕然とした。何故、作者は、パトリックが黒人であることを、ずっと伏せていたのか。その時は不思議だった。だまし討ちに遭ったような気がした。しかし、最後まで読むと、その理由が分かった。これが三人称で書かれた小説なら、そんなことは出来ないだろうが、この小説はアリーの立場で、一人称で書かれていた。彼女が伏せたければ伏せられるという、盲点を巧みに突いた構成。私は唸ってしまった。
パトリックは「社会正義のために戦うジャーナリスト」として描かれている。彼が戦っているのは、「不法移民を奴隷のように働かせる悪徳資本家」である。不法移民の弱い立場を利用し、彼等に労働を強いて、その対価を着服する。収入はあるが支出はないという、何とも美味しい商売。しかし、奴隷のような労働は別にしても、欧州の経済が、移民の安価な労働力によって支えられているのは確かである。英国でも、多くの人々が移民を毛嫌いしているが、彼等が「3K」の仕事を引き受けてくれるからこそ、経済が成り立っていると思う。その意味では、非常に現実味のある設定である。
読んでいて、作者のこの作品に懸ける意気込みや、熱意を感じた。デビュー作ということもあり、作者が渾身の力を注いで書き上げた作品であることを察することができる。作者の熱意が伝わってくる、力作、名作であった。
アルステルダールは二〇一六年に最後の作品を出版した後、新たな犯罪小説は発表していない。二〇二〇年で六十歳、まだまだ老け込む歳ではない。彼女の次の作品、今後の活躍を期待したい。
作品リスト:
l Kvinnorna på stranden(浜辺の女)2009年(邦題:浜辺の女たち、創元推理文庫、2017年)
l I tystnaden begravd. (沈黙に埋もれて)2012年
l Låt mig ta din hand (手を取って)2014年
l Vänd dig inte om(振り向くな) 2016年
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(1)ウィキペディア、スウェーデン語版、Tove Alsterdalの項。
(2)Tödliche Hoffnung, Bastei Lübbe GmbH & Co, Köln, 2013