神秘の島、エーランド島

 

エーランド島はスウェーデンの東部に浮かぶ、極めて細長い島。

 

ヨハン・テオリンは、個人的に、私の一番好きなスウェーデンの作家である。作品に漂っている、神秘的な雰囲気が良い。最近のスウェーデンのミステリーは、都会を舞台にした、透明感のある作品が多いが、やはり、スウェーデン、北欧であるのだから、「霧に包まれた」、神秘的な世界も良い。

ヨハン・テオリンは、二〇一九年現在で、わずか六作を発表しているに過ぎない。そのうち、四作がエーランド島(Öland)を舞台にしたシリーズである。二〇〇七年に発表されたシリーズ第一作の「Skumtimmen(こだま/邦題「黄昏に眠る秋」)」は、スウェーデン国内、国外で好評を博し、スウェーデン犯罪小説作家アカデミー新人賞を受けている。更に、第二作の「Nattfåk(冬の嵐/邦題「冬の灯台が語るとき」)」では、スウェーデン犯罪小説作家アカデミー賞に輝いている。「エーランド島シリーズ」は四作書かれたが、第一作は秋、二作目は冬、三作目は春、四作目は秋と、島の四季を味わえる、粋な構成になっている。

舞台となるエーランド島は、バルト海に浮かぶ細長い島である。スウェーデンの島を舞台にしたミステリーと言えば、マリ・ユングステッドがゴットランド島を舞台にした小説を書いている。しかし、その扱い方は大きく違う。ユングステッドの方は、島と言っても都会的。彼女は島を、閉じられた空間、密室という役割で使っている。しかし、テオリンは、もっと土着的というか、島の荒涼とした風景と、閉鎖的な社会に住む人々を、背景として使っている。エーランド島の方が本土に近く、橋も架かっており、開けているはずなのだが、ふたつのシリーズを読み比べると、ユングステッドの描くゴットランド島の方が、遥かに開けた、都会的な場所のように感じられる。

エーランド島は、スウェーデンの東海岸に張り付くように南北に伸びる細長い島。長さは百三十七キロメートルに対して、幅は一番広い場所でも十キロもない。「アルヴァー」と呼ばれる、石灰岩の露出した台地に覆われている。先にも述べたが、一九七二年に、全長六キロ余の橋が完成し、スウェーデン本土と繋がった。夏は観光客で賑わう場所らしい。しかし、それ以外の季節は静かである。テオリンの作品には、シーズンオフのゴーストタウンのような風景が描かれている。

私は、第一作の「こだま」を読んだとき、ヘニング・マンケルの「帰ってきたダンス教師(Danslärarens återkoms)」(邦題「タンゴステップ」)を思い浮かべた。時間と空間を超えた展開が、類似している。マンケルの「ヴァランダー」シリーズも面白いが、個人的には「帰ってきたダンス教師)」がマンケルの作品の中で、私の一番のお気に入りである。テオリンの処女作は、いきなりそのレベルに達している。すごい人であると思う。

テオリンは「スウェーデン、ミステリー界若手の旗手」ともてはやされている割には情報の少ない人である。一九六三年生まれ、二〇一九年現在五十六歳なので、もう、それほ「若手」でもない。彼自身はエーランド島ではなく、イェーテボリの生まれである。しかし、彼の母方の家族が、ずっとエーランドに住んでいたとのこと、彼も頻繁にエーランド島を訪れている。(1)

エーランド島には、古くから伝承されている、民話がある。それらは、神秘的な、超自然的な話が多いという。テオリンは巧みにそれらを取り入れている。テオリンのユニークさを、英国の批評家、バリー・フォーショー(Barry Forshaw)は次のように評価している。(2)

 

「(それまでと)全く違ったタイプの作家が、ヨハン・テオリンである。彼の『こだま』は、次々と入ってくる北欧の犯罪小説の中でも卓越したものとして、スウェーデンと英国の両方で受賞したということに値するものとして、受け入れられている。テオリンは読者をスウェーデンの島エーランドへの旅に誘う。そして、風が吹き荒れるシーズンオフのスウェーデンの島の雰囲気が比類のないやり方で語られる。過去と現在の間を行き来する語りは完璧に扱われている。」

 

確かに、フォーショーの言うように、テオリンは、それまでの作家と違っている。

 

***

 

(1)    ウィキペディア英語版、Johan Theorinの項。

(2)    Barry Forshwaw, Death in a Cold Climate, A Guide to Scandinavian Crime Fiction, Palgrave Macmillan, Basingstoke England,