春夏秋冬四部作

 

まず、エーランド島四部作、その後、それ以外の作品を紹介したい。四部作は、先にも述べたが、「秋>冬>春>夏」という構成になっている。四作を通じて登場するのが、元船乗り、今は引退したイェロフ・ダヴィドソン老人である。

 

秋:Skumtimmen(こだま)1

 

エーランド島、一九七二年九月、五歳のイェンス・ダヴィドソンは、祖父母の家に庭に出て、石の塀を乗り越え、初めて独りで外に出る。そこはアルヴァーと呼ばれる石灰岩の台地であった。深い霧の中で、イェンスはひとりの男に出会う。その男はニルス・カントと名乗る。

イェーテボリ、看護婦のユリア・ダヴィドソンは、アルコール依存症であった。彼女は、まだ二十五年前に行方不明になった息子のイェンスを諦めきれないでいた。電話が鳴る。エーランドの老人ホームに住む、父のイェロフ・ダヴィドソンからであった。数年前に妻を亡くしたイェロフは、足が不自由なため、ステンヴィクの家を離れ、老人ホームに住んでいた。父親はユリアに直ぐにエーランドに来いと言う。父親の元に、イェンスの履いていたと思われるサンダルが送られてきたという。

エーランド島、一九三六年七月。十歳のニルス・カントは岩浜で泳いでいた。そこに四歳年下のアレックスもやってくる。ニルスは、母親のお気に入りの弟を秘かに妬んでいた。ニルスは泳ぎのできない弟を海の中へ誘う。溺れた弟を見殺しにしてニルスは独りで家に戻る。

ユリアは、車でエーランド島に向かう。イェンスの生存をまだ信じているユリアは、「息子は死んだのだから諦めろ」と親戚たちから疎遠になっていた。彼女は本土とエーランド島の間の橋を渡る。橋が完成したのが一九七二年、イェンスが行方不明になったのと同じ年であった。当時、ユリアの家族は、冬の間はボリホルムに住み、夏は海辺のステンヴィクのサマーハウスで過ごすのが常だった。ユリアがエーランドを訪れるのは二十年ぶりであった。彼女はかつて自分が住んでいたステンヴィクに向かい、そこで自分が住んでいた家を見る。人々は集落から出て行き、殆どが空き家になっていた。彼女は、彫刻家のエルンスト・アドルフソンに話しかけられる。閉鎖された石切場に住む彼は、父イェロフの友人で、今でもイェンスの失踪事件を追っているという・・・

原題は「こだま」であるが、英語訳のタイトルが「死者からの呼び声」となっている。この「こだま」とは、「何年も前に死んだ人々が、生きている人々に対して発している声」として理解してよい。中年の刑事が登場し、事件を解決するというパターンが多い中で、息子と孫を亡くした母親と祖父が、執念で事件を解決するという展開が斬新である。

ふたつの筋が並行して進む。

l  現代、イェロフとその娘ユリアが、二十年前にエーランド島で行方不明になり、その後全く手掛かりの得られない、孫と息子の失踪の真相を究明するという筋。

l  ニルス・カントが弟を殺し、ドイツ兵を殺し、警察官を殺した後南米に逃亡し、そこからスウェーデンに戻る試みをするという筋。ニルス・カントの筋は、一九三六年から一九七二年に及んでいる。

もちろん、そのふたつの筋が最後にはひとつになるのである。それがどのようにまとまっていくかというのが、読者の最大の興味となる。

ドイツ語訳で四百五十ページという、長い小説である。しかし、面白い小説は、長さを感じさせない。ユリアとレナルトのロマンス、おまけに亡霊の存在を暗示するようなオカルト的な要素もある。本当に、手の込んだ作品である。

 

冬:Nattfåk(冬の嵐)2

 

一八四八年、設計士ファルター・ブロメソンは灯台の建設のためにエーレンド島に来ていた。彼は五月から島の北部オルデンに、ふたつの灯台を建てることを請け負ってきた。その冬、島を嵐が襲う。助けを求める叫びが海の方から聞こえる。一隻の船が沖で転覆したのであった。その船に積まれていた夥しい量の木材が、岸に漂着する。そして、その船の乗組員の遺体も。大きな木の育たない島では、これまで石造りの小さな家しかなかった。ブロメソンはその木材を使って灯台の近くに大きな家を建てる。しかし、彼の耳には、助けを求めながら死んでいった乗組員の叫び声が常に聞こえていた。

十月、ヨアキムはオルデンで目を覚ます。ストックホルムに住んでいた彼は、エーランド島北部、オルデンの古い家を数か月前に購入、改修し、妻のカトリーネと住むことになっていた。ようやく住めるようになった家に、数週間前からカトリーネと娘のリヴィア、息子のガブリエルとオルデンに移り、ストックホルムに仕事を残したヨアキムは、週末にエーランド島に通っていた。しかし、ようやく彼も、エーランド島に落ち着けるようになった。

ヨアキムの一家は、地元の新聞記者の訪問を受ける。新聞記者は数か月間から、空き家であったオルデンに、人々が出入りしているのを見て、取材に来たのだった。どうしてエーランド島に移り住みたいのかという記者の質問に対して、この土地は妻のカトリーネにとって、ゆかりの地であることを述べる。しかし、彼は妻がミリア・ランベの娘であり、トルン・ランベの孫であることは黙っていた。記者は、オルデンにまつわる言い伝えを聞いたことがないかとヨアキムに問う。彼は知らないと嘘をつく。

トミーとフレディーの兄弟は、空き巣に入った別荘で、瓶の中に精巧に作られた帆船の模型を叩き潰して喜んでいた。それをヘンリクは忌々しい気分に見ていた。ヘンリクはかつて付き合った友人に巻き込まれて、兄弟の空き巣の片棒を担ぐようになっていた。エーランド島には、夏の間だけしか使われない別荘が沢山あった。その別荘に残された物を盗んで売ろうというのが兄弟の魂胆だった。ヘンリクはふたりをめぼしい家に案内し、そこで盗んだ物を自分のボートハウスに隠すという役割を担っていた。兄弟は、これまでは空き家ばかり狙っていたが、獲物を増やすために、人の住んでいる家にも侵入する計画を立てていた。ヘンリクはそれを聞いて、早くふたりから縁を切りたいと思う。

ディルダ・ダヴィッドソンは、祖父の兄弟であるイェロフを、老人ホームに訪れる。彼女は警察官で、エーランド島で新しく開かれる警察署の職に応募し、最近島に越してきたばかりだった。ディルダは、自分の祖父についてイェロフから話を聴き、それをテープに取って残すことを計画、カセットレコーダーを持ってイェロフを訪れる。ティルダがエーランド島にやってきた本当の理由、それは、警察学校の教官であり島に住むマーティンと恋仲になり、彼を追って来たのだった。老人ホームの帰り道、ティルダは自分が翌日から働くことになる新しい警察署の部屋を訪れる。そのとき、警察署の電話が鳴る。オルデンで溺死体が発見されたという通報であった。ティルだは警察官たちと一緒に現場へ向かう。

ヨアキムは、残った荷物を取りに日帰りでストックホルムへ向かうため、早朝にエーランド島を発つ。彼は本土とエーランド島を結ぶ橋を渡り、ストックホルムに向かう。彼は昼前にストックホルムに到着し、それまで住んでいた家を訪れる。海辺に立つ屋敷であり、彼らがそこに越してきたのは、まだ二年前であった。家の中で、ヨアキムは突然妻のカトリーネの声を聞く。彼は慌てて家中を探すが、もとよりカトリーネがいるはずはなかった。

帰り道、ヨアキムは妻のカトリーネの携帯に電話をするが彼女は出ない。何度かの試みの後、女性が電話口に出た。ティルダ・ダヴィッドソンという女性警官であった。ティルダは、ヨアキムに家族が事故に遭ったから、直ぐに戻るように伝える。何が起こったか尋ねるヨアキムに対して、ティルダは、

「リヴィアという女性が溺れた。」

とだけ答える。夜、ヨアキムが家に着くと、ディルダが居た。カトリーネはどこかという問いに対して、ティルダは隣人のカールソン家にいるという。ヨアキムが隣の家に駆けつけると、リディアとガブリエルが眠っていた。ヨアキムは溺死したのが、娘ではなく妻のカトリーネであることを知る・・・

第一作目は、亡霊、死者の霊魂の存在を単に暗示するだけだったが、この作品では、明らかにその存在を前提にストーリーが進展している。超自然的な出来事が次々と起こる。本来なら、荒唐無稽な話と感じてしまうのだが、舞台がエーランド島であると、それが何となく「あり得るかも」と許してしまう。エーランド島は、「神秘に満ちた」島という印象がいよいよ強くなる。

「呪われた家」というのだろうか。カトリーネとヨアキムが都会を逃れて引っ越してきたオルデンは、元々、嵐で難破した船に積まれた材木で建てられたという設定。そして、その難破事件で死亡した乗組員の死体も、その材木と一緒に浜に打ち上げられたという。従って、そもそも、家が建てられたときから、死者と関係していた。一八四八以来、オルデン自体の所有者、住人は移り変わっているが、その家は「死者の集う家」が。

四つの並行するストーリーが語られる。

l  ストックホルムからエーランド島のオルデンに引っ越してきたカトリーネとヨアキムのストーリー。彼らには、リヴィアという娘と、ガブリエルという息子がいる。カトリーネは越して来て間もなく溺死する。

l  冬の間空になる、別荘を狙う、ゼレリウス兄弟とヘンリクのストーリー。

l  警察官として島に赴任したディルダとその親戚であるイェロフを巡るストーリー。

l  カトリーネの母親のミリアの手記。手記の中では、オルデンが建てられたときから、現在に至るまでの歴史的な経過が語られる。

当然のことだが、並行して、別々に進んできたストーリーが最後にはひとつになるのである。

「冬の嵐」というタイトルにしたが、原題は「Nattfåk」、これは辞書にない。ドイツ訳での説明によると、「Fåk」とは、エーランド島特有の自然現象で、北東の方から吹き付ける、氷、雪、霧を伴った嵐であるという。この際、家を出ることは、生命の危機を意味する、とも書かれている。さすがに、日本語では、さすがに訳し辛いのか「冬の灯台が語るとき」というタイトルになっている。

このオルデンの傍に立つ「灯台」というのが、常にストーリーの指針となっている。本来船の指針となる灯台に、物語の指針の役割を担わせている。それがなかなか憎い。冒頭、灯台の建設にまつわる逸話から始まり、そこは様々な事件の現場となり、最後は物語を締めるのに重要な場所となる。南北に二つの灯台が建てられたが、点灯されるのは一つだけ。もう一つの灯台に灯りが点るのは、そこに住む誰かが死んだときだけ、そんな言い伝えが会書かれている。そして、あるとき、普段は暗い灯台に、灯りが見える・・・怪談としても成り立つ展開である。

 

春:Blodläge(血に塗られた場所)3

ヴァルプルギスの夜。ペア・メルナーは、ガソリンをかけられて、追い詰められていた。

「今日はヴァルプルギスの夜だ。どこかで火が燃えていても、誰も不思議には思わない。」

そう言って。相手はマッチを擦った。ペアはその男がトロール(醜い姿をした妖精)に似ていると思った。ペアは、ジェリー、ブレーマー、マークス・ルカス、レギーナの名前を思い浮かべた。

三月。イェロフ・ダヴィッドソンは老人ホームの窓から、霊柩車で運び去られる棺を見ていた。

「ここで死にたくはない。」

彼は老人ホームを出て、ステンヴィクの家に戻ることを決心する。数日後、イェロフは娘のユリアの車で、久々にステンヴィクにある自分の家に戻る。彼は、自分の家の近くで、工事の音がするのを聞く。かつての石切り場の跡に、新しい、近代的な家が建てられているという。家で、イェロフは、死んだ妻の残した日記帳を見つけ、それを読み始める。それは一九五七年の五月から始まっていた。

復活祭の前週、ペアは娘のニラの病室にいた。ニラは体調を崩して、エーランド島の対岸にあるカルマーの病院に入院していた。父親のペアは、ニラの双子の兄弟であるイェスパーと一緒に、見舞いに来ていたのだった。ペアは、ニラとイェスパーの母親と数年前に離婚していた。ペアはイェスパーを乗せて、エーランド島にある家に戻る。途中、ガソリンスタンドで停まる。ふたりは車を降りる。イェスパーは駐車場にある、滑り止めの砂の入った木の箱に座ってゲームしている。そこへ、一台の車が突っ込んでくる。運転者は、窓ガラスに大きな鳥がぶつかったため、視界を失ったのだった。その車はイェスパーの座っていた木の箱にぶつかって止まった。ペアが駆けつけると、イェスパーは寸前に、横へ身を投げ出して無事だった。激怒したペアは運転している男を車から引きずり出して、殴ろうとする。

「やめて、その人は心臓が悪いの。」

と助手席の女性が叫ぶ。それで我に返ったペアは、男を放免する。   

ヴェンデラ・ラーソンは、夫のマックスと一緒に、車でスウェーデンの本土から橋を渡り、エーランド島に向かう途中だった。夫のマックスは、何冊かのベストセラーを出した作家である。道中、窓ガラスに鳥がぶつかり、危うく少年を轢いてしまいそうになったが、大事に至らず、ふたりは、エーランド島、ステンヴィクの石切り場の跡に、新しく建てた別荘に到着した。ふたりは不動産業者から鍵を受け取り、家の中に入る。

ヴェンデラは、夫を家に残してジョギングを始める。ヴェンデラがここに別荘を建てようと思ったのには理由があった。彼女は幼い時、この場所に住んでいたのだった。ジョギングの途中、彼女は平たい石の前で立ち止まる。赤い模様の入ったその石は、「妖精の石」と呼ばれており、妖精が使うという伝説があった。ヴェンデラはその石の前で、昔のことを回想する。

幼くして母親を亡くしたヴェンデラは、父親のヘンリーとふたりで暮らしていた。貧しい暮らしだった。父親は石切り場で働き、ヴェンデラは小さい時から、三頭の牛と、鶏の世話をするのが仕事になっていた。ヴェンデラは散歩の途中に、血のような赤い模様の入った「妖精の石」を発見する。

新しい家に住み始めたヴェンデラは、近所に住む人々と仲良くなるために、ハウスパーティーを開くことにする。彼女は、近所の家を一軒ずつ訪れ、自己紹介をした後、復活祭の前の水曜日の夜に、自分の家に来て欲しい旨を伝える。彼女が一軒の家を訪ねると、そこには、エーランド島へ来る道中の出来事で、夫に殴りかかりそうになった男性がいた。彼もパーティーに来ることになる。イェロフという足の不自由な老人もパーティーに参加することになる。

ある夜、ペアが電話を取ると、

「ペレ。」

と呼びかける声が聞こえる。ペアをその名前で呼ぶのは、両親だけ。母親の亡くなった今では、父親のジェリーだけであった。映画を作っていた父親は、ペアがティーンエージャーのときに、彼と母親を残して家を出ていた。父親のジェリーは、数年前に脳卒中を患い、言葉が不自由になっていた。ペアは忙しいと言って電話を切るが、父親は何度も架けてくる。父親は、今クリスティアンスタッドにいるが、これから「ブレーマー」に会いに、リュドへ行くと言った。ハンス・ブレーマーは父親のビジネスパートナーであった。

翌日、ジェリーは再び電話を架けてくる。今リュドに居るが、迎えに来てほしと言う。ペアは最初それを断るが、父親の差し迫った様子が気になって、二時間離れたリュドに出かける。そこには、父親の映画スタジオがあった。ペアが森の中のスタジオに入ると、中は真っ暗で電気も切られていた。彼は父親のジェリーが真っ暗な中に倒れているのを見つける。ジェリーは頭と腹に怪我をしていた。「誰にやられたのだ」と言うペアの問いに、

「ブレーマー。」

とだけ父親は答える。ペアは、一つの部屋に、時計、車のバッテリー、ガソリンのタンクを組み合わせた着火装置を見つける。間もなく、スタジオの建物は煙と炎に包まれる。ペアは父親を建物の外に運び出す。彼は、助けを求める女性の声を聞き、建物に戻るが、火勢は強く、退路を断たれる。彼は、窓から飛び降りる。その時、彼は森の奥にひとりの男が立っているのを見る。その男は直ぐに姿を消した。ペアに通報で、消防車が到着するが、スタジオの建物は全焼する。父親は救急隊の手当てを受け、幸い重傷ではなく家に帰ることを許される。ナイフによる傷だと救急隊員は言う。ペアは警察官に証言した後、父親をエーランドの自分の家に連れ帰る。

車の中で、ペアは、自分の子供の頃の出来事を思い出していた。十三歳のペアは、父親と、運転手のマークス・ルカス、十六歳の少女レギーナと、父親のキャデラックに乗り、ドライブをしていた。ペアは、同じ学校で、学年が上のレギーナに恋心を抱いていた。森の近くで車を停めた父親は、ペアに車の番をするように言い、レギーナとルカスを連れて、森の中へ入って行った。女性の叫び声が聞こえたような気がしたペアは、森の中に入って行く。森の中では、ルカスがレギーナとセックスをしており、それを素っ裸の父親がカメラで撮影していた。

ジェリーはペアの家で、初めて孫のイェスパーに会う。その日、復活祭休みで、ペアは入院している娘のニラも家に連れ帰る。水曜日の夜に、ヴェンデラとマックスが新築した家で、パーティーがあり、近所の人々が集まる。ペアも、ふたりの子供たちと父親を連れて、ヴェンデラの家を訪れる。人々は、バルコニーで食事をし、ワインを飲んだ。ヴェンデラは、自分がこの土地の出身で、父親は石切り場で働いていたことをイェロフに言う。イェロフはヴェンデラの父親を知っていた。

ヴェンデラの夫マックスが、ジェリーに仕事は何をしていたかとしつこく尋ねる。ジェリーは茶色の書類入れの中から一冊の雑誌を取り出し、テーブルの上に投げ出す。そこには、金髪の若い女性が股を開いている写真が表紙に写っていた。ジェリーは、ポルノフィルムとポルノ雑誌の制作をしていたのであった。それを見て、その場に居た人々はあっけに取られる。

パーティーの翌朝、ヴェンデラはジョギングに出かける。彼女は再び「妖精の石」を訪れる。彼女は再び幼いことのことを思い出す。ヴェンデラは「妖精の石」に贈り物を乗せておくと、それを受け取った妖精が願いを叶えてくれると信じていた。小学生の頃、牛の世話などがあるヴェンデラは学校で友達ができなかった。彼女はある日、亡くなった母親の残した装飾品を石の上に置いて、友達が出来るように妖精に願う。翌日見ると、その贈り物は消えていた。彼女は、妖精がそれを受け取ったと考える。不思議なことに、数日後に、クラスの金持ちの男の子と仲良くなれた。彼女は教室でその子の横に座りたいと思う。しかし、担任の先生はそれを許さない。ヴェンデラは再び妖精に贈り物をして願をかける。果たしてその中年の女教師は病気になり、彼女は男の子の横に座ることができた。新しく来た若い先生は、子供たちを連れての遠足を企画する。しかし、金もなく、牛の世話のために早く帰らなければならないヴェンデラは、それに参加できそうにない。彼女は、母親の残した装飾品の最後のペンダントを石の上に乗せ、牛の世話をしなくて済み、遠足に参加できるようになることを妖精にお願いする。彼女は同じようにジョギングをしているペアに会う。ふたりはしばらく一緒に走る・・・

ストーリーラインは大きく分けてふたつある。

l  ペア・メルナーと父親のジェリーを巡るもの。

l  ヴェンデラ・ラーソンを巡るもの。

ジェリーのアトリエが放火され二人が焼死する。ジェリーはペアによって救出されるが、結局は何者かによって殺される。ジェリーが犯人と主張する男は、既に最初に火災で死んでいた。もうひとつのストーリーラインは、新しくエーランド島に越して来たヴェンデラの「妖精の石」を巡るものである。

トロールとエルフについて述べられる。どちらも北欧の伝説に出て着る妖精である。トロールの方が大きいらしい。ウィキペディアでは次のように説明されている。

「一般的なトロールについてのイメージは、巨大な体躯、かつ怪力で、深い傷を負っても体組織が再生出来、切られた腕を繋ぎ治せる。醜悪な容姿を持ち、あまり知能は高くない。凶暴、もしくは粗暴で大雑把、というものである。」

と説明されている。一方、エルフには次のような記述がウィキペディアにはある。

「ゲルマン神話に起源を持つ、北ヨーロッパの民間伝承に登場する種族である。日本語では妖精あるいは小妖精と訳されることも多い。北欧神話における彼らは本来、自然と豊かさを司る小神族であった。エルフはしばしば、とても美しく若々しい外見を持ち、森や泉、井戸や地下などに住むとされる。また彼らは不死あるいは長命であり、魔法の力を持っている。」

トロールとエルフは仲が悪く、ときには戦争をするという。その戦いのときに流された血が岩に着いたと伝えられるのが「血の石」である。しかし、岩に残る赤い色に関しては、イェロフが、「かつてエーランド島が海底にあったとき、鉄分が沈着して赤い色の層が出来た」と説明をしている。ともかく、ヴェンデラは妖精の存在を信じており、子供の頃から貢物を「妖精の石」の上に置くと、それを妖精が受け取り、願いを叶えてくれると信じている。実際、彼女が「妖精の石」の上に置いた金や装飾品は、翌日には消えている。そして、不思議なことに彼女の願いは叶うのである。そこには、意外なからくりがあるのであるが。

エーランド島四部作シリーズ、共通の登場人物であり、事件を解決していくのが、かつての船乗りで、今は引退しているイェロフ・ダヴィッドソンである。八十歳を遥かに超え、リューマチのため、歩行に困難をきたしている。前の二作では、彼は老人ホームにいたが、今回は、自分の家で死にたいと考え、ステンヴィクにある自宅に戻る。彼は、瓶の中に帆船のミニチュアを作るのが趣味。鋭い観察眼を持った人物で、他の人たちが見過ごしてしまうような細部に気付き、そこから事件の解決の糸口を発見する。足が悪いので自分では動けないという設定。つまり「安楽椅子探偵」なのである。彼はエーランド島の歴史、地理、文化に対する造詣が深く、それも事件解決の背景になっている。今回はそれに加え、自宅で彼が発見した亡き妻の日記が、過去の事件を解決する鍵になっている。

例によって、エーランド島の風景が織り込まれている。季節は復活祭の前後、つまり春である。この作品にも、第一作、二作と同じように、超自然現象が盛り込まれている。一種のオカルトである。読み終わって、一瞬、超自然現象が科学的に説明されたような気になった。しかし、すぐに、ひとつ一番大きなものが残っているのに気づいた。それを残したまま、余韻を与えつつ終わる作者の意図が憎い。

 

夏:Rörgast(ガスパイプ)4

 

二〇〇〇年。少年の乗っていたゴムボートが船と衝突する。海に投げ出された少年はその船に泳ぎ着き、甲板に上る。船の中では船員たちが折り重なるように死んでいた。事件は、七十年前、イェロフが棺の中から音を聞いたときに始まっていたのだった。

一九三〇年。十四歳で学校を出たイェロフは、船乗りになるまで、色々なところで働いていた。彼は墓堀りの仕事を手伝っていたこともあった。ある夏の日曜日、彼は自転車で仕事に向かう。その日の彼の仕事は、エドヴァルド・クロスを葬ることであった。エドヴァルドは数日前、ふたりの兄弟、ジークフリードとギルベルトと一緒に仕事をしている際、崩れてきた石塀の下敷きになって死亡していた。教会に着いたイェロフは、自分より何歳か年下の、顔色の悪い少年が佇んでいるのを目にする。イェロフは、墓堀人のロランド・ベングトソンと一緒に墓穴を掘り始める。ベングドソンはアーロンというその少年にも墓堀を手伝わせる。アーロンは、アメリカに渡って保安官になりたいと言う。穴を掘り終わり、イェロフたちが棺を担いでいるとき、イェロフはアーロンがびっこの男と一緒にいるのを見る。

棺を半分くらい土に埋めたとき、イェロフは棺から、コツコツという音がするのを聞く。その音を聞いたのはイェロフだけではなかった。棺は再び掘り出され、教会に戻される。医者が呼ばれる。棺の蓋が開けられ医者がエドヴァルドを診るが、彼は間違いなく死んでいた。棺は再び穴に戻される。そのとき再び棺から物音が聞こえる。それと同時に、穴の淵に立っていたギルベルトが倒れ穴に落ちる。心臓麻痺だった。イェロフはこの仕事を辞めて、船乗りになろうと決心する。

イェロフと、元同僚のヨン・ハーグマンは、浜辺に引き上げられた、かつて自分たちが乗っていた船を見ていた。イェロフ船長、ヨン航会長の下で、船はバルト海を走り回ったが、今ではスクラップ寸前になっている。リューマチを患っているイェロフは足が不自由で、夏の間だけ、老人ホームを出て、ステンヴィクの夏の家に住んでいた。ヨンは息子と一緒にキャンプ場を経営している。ステンヴィクには夏の間、都会からの観光客が押し寄せるが、秋から春にかけては閑散としていた。ステンヴィクの近くに、クロス兄弟が建てた、エーランディック・リゾートがあった。そこはこの辺りでは珍しい、本格的で総合的なリゾート施設だった。イェロフは、押し寄せる観光客を少し不快に思いながらも、観光客と上手くやっていこうと決心する。

アイナー・ヴァルは元猟師であり、海辺の小屋に住んでいた。そこに三人の訪問客があった。一組の若い男女と、年取った男である。彼らは、アイナーから銃と爆発物を買いたいという。年取った男は、自らをアーロンと名乗り、自分は「帰郷者」であり、かつてスウェーデンから「新しい国」に移住した者であるという。三人はアイナーから、ライフル銃、ダイナマイト、ガスマスクなどを購入して立ち去る。

一九三一年、アーロンは義理の父親のスヴェンと一緒に家を出る。ふたりは「新しい国」を目指す。アーロンはそこがアメリカであることを信じていた。彼らは列車で港まで行き、そこからフェリーでスウェーデンの本土に渡る。アーロンは、エドヴァルドが死んだ、前年の夏の様子を思い出す。エドヴァルドは崩れた壁の下敷きになっていた。アーロンはその僅かな隙間に入り、死んでいるエドヴァルドを発見したのだった。スヴェンとアーロンは、ストックホルムに到着し、そこから「カステルホルム」という船に乗り込む。スヴェンは船酔いに苦しむが、何とかふたりは「新しい国」に辿り着く。

話は、五人の人間の周りに起こった出来事を、順番に描くことで進展していく。

l  アーロン・フレード(別名「帰郷者」、八十五歳)

l  イェロフ・ダヴィッドソン(ステンヴィクに暮らす引退した元船乗り、探偵役)

l  ヨナス(夏休みで、父親と一緒に伯父の家に来ている十三歳の少年、事件の目撃者)

l  リサ(夏の間DJならびに歌手としてリゾートに雇われている若い女性、スリの常習犯)

l  アーロン・フレード (一九三〇年代、継父に連れられて「新しい国」に渡った少年、青年期のアーロン)

いつもながら、短い章立て。それぞれの章が、別の視点から描かれているので、読者を飽きさせない。そういった意味では、テンポ良く読ませ、読者に余り忍耐力を必要とさせない、最近の小説の手法を踏んでいる。

この本を読んで、エーランド島の過去と、現在が分かる。第二次世界大戦前のエーランド島は、土地も痩せており、これと言った産業もなく、貧困が島を覆っていた。当時の島の人々の多くが、仕事と未来を求めて、米国などに移住をしていた。これはアイルランドなどと事情が似ている。

しかし、近年になってエーランド島は、リゾート地として脚光を浴びるようになる。特に、夏の間、七月から八月にかけては、スウェーデン本土から多くの人々が、太陽と、海と自然を求めてエーランド島にやって来る。スウェーデンは夏の間、何週間という休暇を取るのが普通なので、夏のエーランド島は人口が一挙に何倍にも膨れ上がり、賑わうことになる。そのような時期、夏至から八月の終わりまでの夏の間のエーランドを、この物語は舞台にしている。先にも書いたが、テオリンの「エーランド島四部作」は、「秋」、「冬」、「春」を舞台にしているので、これで完結したことになる。それぞれに面白かった。全てに、完全に自然科学では解決できない「オカルト」、「超自然的」な要素が含まれていた。

 

Sankta Psyko (聖サイコ)5

 

「ええっ、こんなのあり?」

と読み終わった私は言ってしまった。主人公にとってそれなりにハッピーエンドで終わることが多い中で、この小説は余りにも主人公のヤンにとって悲しい結末だったからだ。一言では、山本リンダ「どうにもとまらない」。

「噂を信じちゃいけないよ」

噂が真実の一端であることも多い。しかし、これは噂と、自分に都合の良い想像を組み合わせたストーリーを創り、それに賭けてしまった男の悲劇である。

また、初恋が誰もの心に残した足跡の深さを再認識する話でもあった。十四歳の頃、ヤンは年長の男の子たちの苛めに遭い、自殺を企てる。そして、青少年のための精神病院に入れられる。そのとき、隣の部屋にいた、ギターを弾き、歌を唄う一歳上のアリス・ラミに恋をしてしまう。彼は、アリスの脱走に手を貸し、自分も一緒に病院から逃げ出すが、アリスは逃げ遂せるが、ヤンは途中で連れ戻されてしまう。実際、ヤンは脱走などしたくはなかったのだ。アリスの隣の部屋で、毎日彼女の顔を見て過ごしたかった。その後、五年近く、ヤンはアリスを知る機会がなかった。ある日、ヤンはアリスが歌手としてデビューしたことを知る。彼はアリスのレコードを買い求め、雑誌にあった彼女のポスターを部屋に貼る。しかし、アリスは一枚目のアルバムを出しただけで、また消息が分からなくなってしまう。その間に、ヤンの心の中で、アリスがどんどん偶像化されてしまうのである。

この物語、精神病院付属の保育園で働き始めた二十九歳のヤンのストーリーが軸になっているが、時々、十五年前の青少年のための精神病院でのシーンと、九年前のヤンが保育士として働き始めたときのひとりの園児の行方不明事件が挿入されている。その三つのストーリーの関連性が最後に明らかになるのだが、これはかなり意表を突いていて面白い。

ヤン・ハウガーが主人公であるが、もう一人の副主人公が、病院に収容されている、連続殺人犯人のイヴァン・レスルである。しかし、彼は、他の登場人物の口で語られるだけで、最後の最後まで姿を現さない。顔のない登場人物という設定も面白い。

最後のシーンは出色である。こんな、ユーモアと、やりきれなさと、余韻を残した終わり方は最近お目にかかったことがなかった。まるで、落語の「落ち」のような終わり方であった。

初めてエーランド島を離れたのがこの作品である。この作品では、彼の出身地であるイェーテボリとその周辺が舞台になっている。しかし、彼はストーリーテリングの天才であると思う。読み易いが奥深さがある。ユーモアがあるが緊張感もある。その手腕にはいつも感心してしまう。

 

作品リスト:

l  Skumtimmen (こだま)2007年(邦題:黄昏に眠る秋、ハヤカワ・ミステリ文庫、2013年)

l  Nattfåk (冬の嵐)2008年(冬の灯台が語るとき、ハヤカワ・ミステリ文庫、2017年)

l  Blodläge (血に塗られた場所)2010年(赤く微笑む春、ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2013年)

l  Sankta Psyko (聖サイコ)2011

l  stort alvar (とても真剣に)2012

l  Rörgast (ガスパイプ)2013年(邦題:夏に凍える舟、ハヤカワ・ミステリ、2016年)

l  Slaget om Salajak (サラヤクの戦い)2018

 

***

 

(1)    Öland, Piper Verlag GmhB, München, 2009

(2)    Nebelsturm, Piper Verlag GmhB, München, 2011

(3)    Blutstein, Piper Verlag GmhB, München, 2012

(4)    Inselgrab, Piper Verlag GmhB, München, 2015

(5)    So Bitter Kalt, Piper Verlag GmhB, München, 2014

 

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