壮大な実験
夕暮れ、日中は暑いが、日が沈むとようやく涼しくなり、虫の音が聞こえる。
買い物組が別荘に戻ると、在宅組の妻、スミレ、ゾーイは裏庭のハンモックでぶら下がっていた。気持ちの良さそう。僕もさっそくやってみる。しかし、そこには二つの問題があることを発見。ひとつは暑さ。ロンドンからサルディニアに着いた時は、気持ちの良い暑さだと思ったが、実際三十数度になると、結構暑い。夕方になっても、気温は三十度を超えている。
「あんた、日本の暑さに比べたら序の口やがな。」
とおっしゃる方があるかも知れない。でも、こっちは、「最高」気温が二十度前後の寒い土地から来た身である。暑さに慣れていない。日常的に、三十度前後の気温の中で暮らしているシンガポール組は、ケロッとしているが。
それともう一つは蚊である。ハンモックで十五分ほどブラブラしているうちに、三か所くらい蚊に食われた。およそ、英国のように、蚊が生存できないような場所から来た人間には、久しぶりに味わう痒さであった。
夕方六時ごろから、夕飯の準備にかかる。今回、七人分の食事を担当したのが、僕、妻のマユミと、息子のワタルである。この三人が「作る人」になって、残りの四人が「食べる人」になった。残りの四人の名誉のために言っておくが、二歳のエンゾーはともかく、スミレもミドリもゾーイも、料理は作れる。しかし、「七人分の料理を」、「限られた材料とリソースを使って」、「短時間で作り上げる」には、やはり、経験とスキルが必要。それに耐えられたのが、三人だったのだ。また、これも、残り三人の名誉のために言っておくが、一番大変な仕事である「エンゾーの相手」を引き受けてくれたのが彼等である。別荘暮らしは、家族だけのプライベートな空間があってよい。しかし、オールインクルーシブのホテル滞在と違って、誰かが料理をしないといけない。別荘暮らしが上手く行くがどうかは、「料理が出来る人間を、いかに沢山準備できるか?」という点にあると思う。その点、今回は、「料理人」が三人いたので、別荘生活が成り立った。
今回、正直息子の料理の手際の良さには驚いた。
「おまえ、何時料理がそんな上手になったん?」
彼が家で暮らしているときは、料理には殆ど興味を示さなかったのに。今では、複数の料理を、並行してこなしている。これは、経験がないとなかなかできないことだ。
第一日目の夕食は僕の担当。メニューはビーフシチュー。
「バルコニーで食べる?それとも家の中で食べる?」
相談したが、結局「蚊がいる」ということで、ダイニングルームでの夕食になった。
こうして、家族七人の、別荘での生活がスタートした。僕は、今回の一週間の共同生活を、出発前から「壮大な実験」と位置付けていた。普段全然別の環境で生活している人間が、ある日一堂に会して、果たして上手くやっていけるか、これはひとつの実験に他ならない。
エンゾーは、どこでも魚を見るのが大好き。日本では、ほとんど切り身で売られているが・・・