オペラは聞くものそれとも見るもの
ナイツブリッジの高級デパート「ハロッズ」の前で地下鉄を降りる。
十七時三十八分にエルストリー駅から電車に乗ったミドリと僕は、二十六分後に、セント・パンクラスの駅に降り立った。公演の開始は七時半。まだまだ時間に余裕はあるので、詳しい時間なんかどうでもいいのであるが、何となく書いてみたかった。
改札を出て、セント・パンクラス駅のコンコースをキングスクロス駅まで五分ほど歩く。ふたつの駅は「お隣同士」なのだ。セント・パンクラス駅のコンコースの左側が、海峡トンネルを潜って大陸へ行く「ユーロスター」の乗り場である。そこには「誰でも弾いていいピアノ」が三台置いてある。ミドリも僕もここを通るとき、たいてい一曲弾いていくのだが、今日は三台とも誰かが弾いている。
「残念やねえ。」
と言いながら、立ち止まり、他の人の演奏を聴く。こんなところで弾く人は、皆結構上手い。公衆の面前で弾くというのは、結構度胸が要るけれど、良い練習になる。
キングスクロスから、地下鉄ピカデリー線に乗り、アラブ人が持っているデパート「ハロッズ」で有名なナイツブリッジで降り、会場のロイヤル・アルバアート・ホールへ向かう。ロイヤル・アルバアート・ホールは一八七一年に開場した由緒あるホール。アルバートというのは当時のビクトリア女王の「旦那」の名前。大阪の「京セラドーム」に似ているが、建てられた順番からして、「京セラドーム」がここに似ていると言うべきなのであろう。
円筒形の建物で、中もほぼ円形になっている。土間の部分が立見席、その周囲にバルコニー席があって、その上にすり鉢型の席がある。僕たちの席は、すり鉢の下の方で舞台の真正面。一人三千円にしては、とても良い席。
シュトラウスの「サロメ」はオペラであるので、僕は当然、「劇」として上演されるのだと思っていた。しかし、ステージにはオーケストラの席が並んでいる。
「つまり、今日はいわゆる『コンサート形式』なんやね。」
と僕はミドリに言った。舞台装置や衣装なんかも楽しみにしていた分、ちょっとガッカリであるが、ミドリの意見は、
「その分、純粋に音楽を楽しめるから良いじゃん。」
クラリネットを吹くドイツの友人の甥御さんも、舞台の上なら見ることができるし。
オペラやバレーを見に行くことが決まると、まず「予習」を始めなければならない。シェークスピアの戯曲でもそうだが、歌や台詞からストーリーを追うというのは、絶対無理。前もって、あらすじくらいは読んでおかないと、舞台で何が行われているのかさっぱり分からない。まず僕は、切符を買ってから「リサーチ」を始めた。(最近は、そんな努力をしない無精者のために、英語の「字幕スーパー」という公演もあるけど。)舞台のDVDを買って、字幕スーパーで見て、筋と台詞を理解する。そのDVDをミドリにも渡しておいた。でも、
「昨日の夜、半分だけ見て、退屈して寝ちまった。」
オペラをテレビで見るほど、退屈なものはないものね。
由緒正しいロイヤル・アルバアート・ホールは円筒形の建物である。