ニャロメ、サロメ

 

赤塚不二夫の漫画に登場するニャロメ。サロメとは何の関係もない。

 

土曜日の午後五時半、エルストリーの駅で、娘のミドリと待ち合わせをしていた。駅前に立っていると、

「ダディー。」

というミドリの声。振り向くと、ワンピースにカーディガン、黒いタイツに黒い革靴、手にハンドバッグを持った娘が立っていた。

「あれれ、今日はずいぶんおめかしやね。」

僕はここ十年以上、Tシャツとジーンズ以外のミドリを見たことがない。

「しかし、よくワンピースなんて持ってたね。」

と言うと、

「一応、三枚ほどは持ってるのよね。でも、一回も着たことがないけど。」

と彼女は言った。ミドリとは、午前中、一緒に森へ行き、ピクニックで朝御飯を食べた。

「ダディー、ちゃんとした格好をしてこないとだめよ。」

と言われて、一応僕もスーツを着てきたのだが、ミドリもそれを実行したわけである。

「電車に乗る前に、一本やっていくわ。」

とワンピースの御嬢さんは、自分で巻いた煙草に火を点けた。

その日、娘のミドリと一緒に見に行くのは、「サロメ」である。「ニャロメ」ではない。BBCが毎年夏、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開催する一連の演奏会、「プロムス」の一環で、ベルリン・ドイツ・オペラがやって来てリヒャルト・シュトラウスの「サロメ」が公演される。この話題を最初ドイツの友人から聞いた。彼の甥御さんだったと思うが、ベルリン・ドイツ・オペラのオーケストラでクラリネットを吹いておられるという。

「ぜひ彼の晴れ姿を見てきてください。」

というメールをいただいた。でも、オーケストラの曲なら、クラリネット奏者も当然舞台に上がるわけであるが、オペラの場合、普通楽器を弾く人々は舞台の下の穴倉、「オーケストラ・ボックス」に入ってしまう。果たして、僕はクラリネット奏者の「晴れ舞台」を見ることができるのだろうか。

七月の上旬に切符を購入。日本円で三千円くらい。アンフィシアター席で、安めの席とは言うものの、日本で見るのに比べると、格段と安いのでしょうね。日本の相場はよく知らないけど。切符は二枚買った。真ん中の娘のミドリが、「早いもの勝ち」で一緒に来ることになった。彼女は「インディ、オルタナティブ系」(お父さんには何のことか分からないが)の音楽が好きだという。初めてのクラシックのコンサート、いきなりリヒャルト・シュトラウスというのも、ちょっとハードルが高いような気がする。ヨハン・シュトラウスならまだしも。でも、本人は一度ロイヤル・アルバート・ホールで「生」のプロムスを是非見てみたいと言う。(プロムスの季節になると、よくBBC2でテレビ中継をやっているので、一応テレビでは見たことがある人は多いのだろうが。)

 

この日、ヘロデ王の娘サロメを演じるスウェーデン人のソプラノ、ニーナ・ステメ。