どこかで見た城
アイフェル山地の細い道を行く。ときどき可愛い村や教会が現れる。
「『二千百七十以上』ねえ。」
「以上」、つまり概数で書くなら、別に「二千百七十」なんて中途半端な数でなくてもいいのではないかと思うが。ともかく、自然豊かな土地なのである。マンフレッドは一応カーナビをセットして、それに従って運転しているのだが、それが信じられなくなるくらい、途中小さな村を何箇所も通り、車がやっとすれ違えるくらいの道を進んでいく。
十二時前に「エルツ城」と書かれた標識を通り過ぎ、駐車場に車を停める。日曜日ということで駐車場は満員、停める場所を見つけるのに苦労する。駐車場から、坂を下りて、城に向かう。この「坂を下りて」というのがちょっと不思議だよね。たいていの場合、城は山の上にあり、山を登っていくのが普通だから。
「なるほど、フランス軍が見逃すのも無理はないよね。」
僕はクリスティーネに言った。眼下、森の中の窪地に、山に囲まれた美しい城が立っていた。それほど大きくないが、ほぼ完璧で端正な姿を誇る城が、周囲の緑に包まれている。一目見ただけで、今回、時間を使ってここへ来た価値があると思った。窪地にあるので、外からは完璧に隠されている。これは見つけにくい。
橋を渡って場内に入る。斜面に立っている建物が、フランスのモン・サン・ミッシェルにも似ている。それ以上に、どこかで一度見た風景のような気がするのだが、どうしても思い出せない。それを思い出したのが、いや、思い出さされたのが、三日後だった。アルバムのページに載せた、僕がエルツ城で撮った写真を見た友人のひとりが、
「『ホグワーツ』みたいね。」
と書いてきたのだ。
「そうそう、ホグワーツだった。」
ホグワーツとは、「ハリー・ポッター」に出てくる、城の中にある魔法使いの学校である。末娘が好きだったので、彼女を連れて、全作映画を見た。
城の中を案内してくれる「ツアー」がある。それに参加することにする。集合場所に行くと、
「ドイツ語のツアーと英語のツアーがありますが、どっちにしますか。」
と聞かれる。僕はどっちでもいい。どっちも外国語だもの。マンフレッドとクリスティーネに聞くと、
「英語のツアーの方が、人数が少なそうだから、英語にしようぜ。」
とのこと。先ほども書いたが、本来なら最も問題になるべき奥さんが、四ヶ国語の達人、極めてフレキシブルな僕たちであった。
英語で説明を受けながら場内を回る。外から見るとそれほど大きな建物に見えないが、内部には何十、ひょっとしたら百以上の部屋があった。各部屋に暖炉がありトイレがある。トイレは、出したものが、外へ流れ出るように作られている。つまり水洗なのだ。
最初に見た人は間違いなく息を呑むエルツ城の全景。