渋皮の剥けた女性
真ん中が「渋皮の剥けた」お姉さん。
居酒屋「伏見」で、僕らの右側にもう一組カップルが座っていた。僕らと同世代のちょっとお腹の出た、赤ら顔のおじさんと、「渋皮の剥けた」三十代のきれいなお姉さん。化粧の仕方から見て、女性は「素人さん」でないことは想像がつく。おじさんは、しきりにおねえさんの機嫌を取っている。
「おい、お母さん、イセエビや。五千円の。」
ひゃあ、おじさんはついに店で一番高いのを注文した。
イセエビの刺身が運ばれてきた。しかし、もうかなり沢山召し上がっておられるおふたりさんには量が多すぎるかも。
「おたくらもちょっといかがですか?」
お互い妻以外の女性、夫以外の男性と一緒に飲んでいるというシチュエーションに共感を持ったのか、おじさんはイセエビの刺身を僕たちに勧めてきた。
「有難うございます。よろこんで。」
「ラッキ〜!」
ふたりはまたまた美味しいものを口にできた。
ユーコの注文したギンナン、むっちりして美味しい。
「ギンナンってどんなんかと思うてたらこんなんやった。」
僕は落語で覚えたネタを使う。
「ところで、最近ロサンゼルスで、結構有名な日本レストランが閉鎖になったんよ。何でやと思う?」
「何で?」
「特定のお客さんに、こっそり鯨の肉を出したんよ。」
僕が目を上げると、そこには「お品書き」の書いた板が並んでいた。その中に、「いるか」というのが目に入る。これ、やばいのと違う?
「おばちゃん、あんたのとこ、『いるか』の肉、出してんの?」
僕が聞く。
「お兄ちゃん、よう見よし、これは『うるか』やがな。」
「うるか」とはアユの卵であった。話の種にそれを注文する。少し青みがかった透明なつぶつぶだった。小さな皿で五百円する。
満足したふたりは「伏見」を出て、その後、Rホテルのラウンジで過ごす。僕なんかジーンズにスニーカー。良いのだろうか。
「こんな格好で高級ホテルのラウンジに入ってええんやろか?」
「かまへん、何か言われたら英語で喋ったらええねんから。」
その手があったか。ラウンジでも話が弾んだ。やっぱり文字にするのも良いが、直接話すのはもっと良い。十一時ごろ、ふたりでラウンジを出る。
「四条通からタクシーに乗ろうよ。」
ユーコは言う。程好い気分に酔ったふたりは腕を組んで河原町通りを歩く。西院で彼女はキスを置き土産にタクシーを降り、僕は生母の家へと向かう。今日も、同窓会の夜に引き続き、近来稀に見る楽しい夜だったと思う。
そのお姉さんに撮ってもらった写真。