絶品サンマの刺身
嵐山、渡月橋の前のユーコ。ここも京都らしい場所。
トモコと別れ、その足で従兄弟のFさんの家に挨拶に行く。その後、父の家に戻り、今日は自分の荷物を片付ける。置いておいたら捨てられてしまう。大事なものは持ち出さないといけない。
卒業アルバムその他は、ダンボール箱に入れて、自転車で生母の家に避難させ、しばらく預かってもらうことにする。このダンボール箱三つだけが、僕が故郷に残したもの。
午後、地下鉄で四条に出て、本やDVDを買う。その後阪急電車に三駅乗って、四時前にユーコと待ち合わせる阪急西院駅に着いた。女性と待ち合わせるというのは、何となく心がときめくもの。四時にユーコが、ベージュのブラウスにジーンズという姿で現れた。確か、彼女の実家はこの近くだったはず。
「あそこが私の家。」
ユーコが指差した。彼女の家は、何と、駅の目の前だった。
「食事の前に『京都らしい場所』を散歩しよう。」
ふたりはそう決めていた。嵐電で嵐山へ行く。降りただけで「観光地」と分かる場所。駅前には人力車が並んでいる。渡月橋を渡る。紅葉の時期にはまだまだ早いので、景色はイマイチ。周囲の山はまだ深い緑色だ。
歩きながら、ユーコと色々話す。彼女とはほぼ一週間に一度のペースでメールをやりとりしている。いつもメールで互いに人生相談をしているのだが、直接会って話すのはやはり違う。
喫茶店で「アイスコヒー」と「クリームソーダ」という極めて日本的なものを飲む。アイスコーヒーは「アイス・カフェ・ラッテ」という名で、英国では最近になってやっと一般的になり、「スターバックス」なでども飲めるようになった。クリームソーダは英国にはない。息子がまだ小学生の頃、京都に来たとき、イズミのお父さんであるハヤカワ先生にお会いし、クリームソーダをご馳走になった。
「世の中にこんな美味しいものがあるのん、知らんかった。」
そのとき、息子が言ったのを思い出す。彼はそれからことある毎に、クリームソーダを注文した。
辺りが夕闇に包まれ始める。再び嵐電に乗り四条大宮へ。そこから阪急電車に乗って河原町へ。木屋町通りを四条から三条に向かって歩く。木屋町通りといえば、京都でも唯一の繁華な場所だったのだが、「寂れている」という印象。夕方の七時過ぎなのに人通りがまばらなのだ。かつてうるさかったピンサロの客引きも姿を消した。
三条の居酒屋「伏見」へ入る。この店は昨年、昔の同僚Iさんの推薦で来て、すっかり気に入った店だ。カウンターに二十人も座れば満員の庶民的な小さな店。しかし、素材が新鮮だし、ボリュームはあるし、「名物おばちゃん」のやりとりが楽しい。目でも、口でも、耳でも楽しませてくれる店。満席のところ、なおかつ客を詰め込むおばちゃんの技術も見ものなのだが、今日は空席があるのでそれは見られそうにない。
アワビの刺身とサンマの刺身とアジの刺身を頼む。サンマは一匹、アジは半身がそのまま刺身になってドドーンと出てくる。ショウガ醤油に漬けてサンマを口に放り込む。
「こら、いけるで。」
「ホンマ、美味しい。」
舌がとろけるほど美味しいというのはまさにこれ。多分すごく新鮮なんでしょう。