アナゴとオナゴ
これが毎日書き換えられる毛筆メニュー。
「これ美味しい、口の中でとろけるで。」
とサクラが言った。アナゴが出てきた。軽く焼いてあり、タレがかかっている。柔らかく、ジューシーで本当に口の中でとろける。
「どうです大将。」
とマスターに聞かれる。
「美味しおます。私、アナゴ好きでんねん。オナゴも好きでっけど。」
左隣のマユミの肘がゴツンとくる。
このお店「丸一」のメニュー、お品書きがまた良い。平たく削ったヘギに、毛筆で買いてある。そして、毎日書き換えられているという。マスターがその日の仕入れを見てから、それを生かす料理を考えてお客に出すということらしい。ある人が作った、京都の写真集にも出たと言って、マスターがそれを見せてくれた。
最後のマスター特製のチャーハンが出て、九時半に外へ出る。道路まで送りに出てきてくれた、マスターとお姉さんに挨拶をして、四条通りを西に向かう。祇園界隈には、ミニスカートに高いヒールの靴を履いた、いわゆる「ストリートガール」も何人か立っているが。人出が少なく、暇そうで寒そうだ。
マユミとサクラが腕を組んで前を歩いている。イズミとユメと僕は、色々話をしながら、少し遅れてふたりに続く。仕事をしながら大学院に行っているイズミは、一年間、論文の準備のために休学するつもりだと言った。働きながら、主婦をしながらの学生は、本当に大変そうだ。
イズミがしきりマユミの性格を褒める。
「でもね、人間の性格って一枚の紙みたいなものだから。一枚の紙も両側から見ると良くも悪くもなる。そして、一枚だから、それ以上はがすことは出来ないんだ。」
と僕はイズミに言った。
本来なら、「丸一」を出た後、カラオケに向かい「ガッチャマン」を歌うのが、サクラのゴールデンコースとのこと。しかし、今日はマユミが病み上がりであるし、僕も時差ボケでフラフラになってきたので、九時半に四条河原町で別れる。サクラの「ガッチャマン」は「次回のお楽しみ」となった。僕達は北大路通りのバスに乗り、鞍馬口の母の家に向かった。
今年の夏、ユメが僕らのロンドンの家に滞在していたとき、マユミは彼女にお弁当のサンドイッチを作っていた。そのサンドイッチが評判で、
「マユミおばちゃんのサンドイッチはすっごく美味しい。」
とユメは京都で、母親と伯母に語ったとのこと。マユミの美味しいサンドイッチのお陰で、僕も考えもしなかったような店で、考えもしなかったような料理を食べることができたわけだ。しかも、お勘定は、サクラが払ってくれた。ご馳走様。
以上が「祇園で散財」の顛末である。
「丸一」のマスターと女将さん。マスターの前職は自動車修理工だったとのこと。