時差十一時間
クライストチャーチからネルソンまでの最後の飛行。ニュージーランド南島の山を越える。
「やっと着いた、ここや。」
僕は、道路から車を脇道に乗り入れた。車を停めると、音を聞きつけたKさんが家から出てきた。ナギサとKさんが抱き合っている。
しかし、長い旅であった。旅慣れている僕でさえちょっと辟易(へきえき)する長さ、海外旅行の経験のないナギサには、とんでもない時間と距離に感じられたのではなかろうか。
水曜日の朝、僕はナギサと京都駅で落ち合い、そこから特急「はるか」で関空に向かった。関空から、午前十一発のシンガポール航空機に乗り、七時間の飛行の後、夕方五時にシンガポールのチャンギー空港に到着。そこで二時間半待って、同じくシンガポール航空のクライストチャーチ行きの便に乗る。九時間半後、翌朝十時半にクライストチャーチに着き、そこからニュージーランド航空の国内線に乗り換えネルソンへ向かう。それは五十分ほど。飛行機は峻嶮(しゅんけん)な山の上を飛ぶ。「ロード・オブ・ザ・リングス」のロケ地がニュージーランドであったことを思い出す。ネルソン空港で予約しておいたレンタカーを受け取り、運転すること五十分。京都の家を出て三十時間後にようやくKさんの家に着いた。
先にも書いたが、僕はその二日前に、既に、ロンドン、ヘルシンキ、大阪を移動している。ロンドンも京都も寒かったが、ヘルシンキはマイナス二十度だった。吐く息が煙草を吸っている人間のように真っ白に見える。飛行機からターミナルビルに向かうのに、ブリッジではなく、タラップを使って一度外に出た。アメリカ人の青年は、Tシャツに半ズボンで外に出されている。南半球のニュージーランドは真夏、英国とは十一時間という時差。時間と気温をどうやって調整するのか、ちょっと見当が付かない。
長旅の間、話し相手がいたのは良かった。ナギサとはずっと話をしていた。もし、これが独り旅だったら、お互い気が狂いそうになっていただろう。しかし、妻以外の女性と、こんなにじっくりと話をするのは、後にも先にもこの機会だけだと思う。
ネルソン空港から、Kさんの家までの道は、かなり「予習」を積んでいた。グーグルマップを何度か辿り、「イメージトレーニング」をしていたのだ。初めての道をスイスイ運転する僕を見て、
「なんで道が分かるの。」
と横でナギサが不思議そうに言う。
「『人間カーナビ』って呼んでね。」
しかし、何という人の少なさ、車の少なさ。国道から外れ、ブドウ畑とリンゴ畑の間の道に入ってからは、人影は見えないし、対向車にも出会わない。それを話題にすると、Kさんのご主人のSさんが言った。
「ニュージーランドは、北海道を除いた日本の面積とほぼ同じで、人口は静岡県とほぼ同じなんだ。」
実に「空いた」場所なのであった。ともかく、Kさんの家は、英語で言う「イン・ザ・ミドル・オブ・ノーウェア」、何もない場所にあった。
到着後、ご主人のSさんに、広大な敷地を案内してもらう。