パパのロールスロイス

 

岩の上を歩くのは、バランス感覚を養う良いトレーニングになる。

 

午後三時過ぎに浜に出ようとすると、雲が出て、雨が降り出した。「パパとママ」のベランダで雨の止むのを待つ。僕は本を読み、マユミは日本の家族に絵葉書を書いていた。雨は一時間ほど降った。おそらく、夕立か前線の通過だったようで、一過性のものだった。カーテンのように雨を垂らした雲が、だんだんと近づきそして去って行く。間もなく雲が切れ、青空が見え始めた。

 四時ごろ、雨も止んだので、少し歩いてみることにする。北へ向かって歩き、岬をひとつ回ると、石浜に出た。ここは灯台まで行くとき、途中通った場所だ。天気は回復し、日差しが戻る。それにしたがって海の色が青さを増す。日に照らされて、海底の石のひとつひとつがはっきりと見える。

「今朝、ミコノスタウンの画廊で見た絵と同じね。」

とマユミが言った。

 道路を離れ、石浜に沿って歩く。石の上を歩くのは難しいが、バランス感覚と、足の筋肉を鍛える良いトレーニングになる。一時間ほど歩いて、道路に戻る。一時間前にも、海に向かって座っている、ショートカットのちょっとケバい感じのお姉さんが座っていたが、彼女はまだそこにいた。彼女はギリシア語の歌を唄っている。彼女は、一時間前も同じ場所で歌っていた。

「あのお姉ちゃん、一時間、海に向かってずっと唄ってたのかな?」

妻とふたり顔を見合わせて、同じ事を言った。

 アパートに戻る。前に、えらく古い車が停まっている。黄緑色だ。よく見ると、全然艶のない、塀に塗るような、木工用のペンキが塗ってある。道路に面した僕達の部屋の隣がガレージになっていたが、そこから「パパ」の息子の一人と思われる男性が現れた。

「これは、パパの『ロールスロイス』だ。」

と彼は英語で言う。

「君達、もうペリカンを見た?」

と彼は突然話題を変える。

「ううん、まだ。」

そう言えば、ミコノス島にペリカンがいると、マユミも言っていた。アヒルは見たけど、ペリカンにはまだお目にかかっていない。

 部屋に戻り、シャワー浴び、着替えて、夕食に出る準備をする。マユミは、サントリーニ島で買った、古代ギリシア風の、白い綿のワンピース。下着が透けないか気にしている。

「ちょっとくらい見えたって、観客へのサービスですよ。」

と言っておく。ここに来ている人たちは、皆そんな格好なのだから。

 

これがパパのロールスロイス。元は一体何色だったのでしょう。

 

<次へ> <戻る>