生きているギリシア語

 

今日はこの魚を刺身にします、とシェフが決意を述べる。

 

五月十七日、月曜日。六時半に起きる。寝ている際、一晩中強い風が吹いているのが聞こえた。またまた「パパとママ」のベランダで勉強しようと部屋を出る。天気は昨日と同じように、一点の雲もない快晴。風は幾分治まったようだが、気温が低く、慌てて長袖のセーターを取りに部屋に戻る。

 八時ごろにペンションを出て、ミコノスタウンの魚市場に向かう。今日は車があるので、二キロ半の道もあっと言う間に着いてしまう。ところが、魚市場に行くと、台の上には何もない。その辺りにたむろしてだべっている、暇そうなギリシア人のオヤジたちに、マユミが聞いている。

「今日はお休みですか?」

英語を話せるひとりのオヤジが、

「今日は風が強いから、漁船が戻ってくるのが遅れているのだよ。」

と教えてくれた。なるほど。

 十分ほどして、緑のライトバンが現れ、おばさんがプラスチックの容器の中の魚を台の上にぶちまける。まだ生きていて、ピチピチ跳ねている魚もいる。カツオがあった。しかし、六十センチくらいあり、ふたりで食うには少し大き過ぎる。刺身にすると、四食分は取れるだろう。しかし、僕達は明後日に、ロンドンへ戻らなくてはいけない。カツオは諦め、三十センチくらいの、カツオに似た魚を選ぶ。身が厚くて、たったの十ユーロ。

イセエビもあり、買おうか、やめておこうかとかなり迷う。これも、ガダルカナル島で捌いて刺身にして経験はあるのだが。今回はパス。

 ペンションに戻って、早速、買ってきた魚を捌く。開いてみると、ハマチに似た色の身で、つまんで口に入れてみると、たしかにハマチに似た味だった。料理の腕が上がり、毎回骨についている身の量が減り、取れる刺身の量が増える。

 今日は島の南東海岸、道がついていないので、普段はボートでしか行けないビーチを、歩いて訪れてみるつもり。九時半に、ペンションを車で出発、途中、デロススーパーで、パン、チーズ、サラミ等の昼食を買う。車のガソリンが少なくなってきたので、スーパーマーケットの向かいにあったガソリンスタンドに入る。

「デカ・リトラ・パラカロー」

とスタンドのおばさんに言う。ちゃんと十リッター入れてくれた。僕のギリシア語もだんだん通じるようになってきた。ちなみに、「デカ」が十。「ミクロ」が小さい、「メガロ」が大きい。

現在のヨーロッパ諸言語には、ギリシア語が語源の単語が結構多い。「賛成!」というのを、ギリシア語で「シンフォニー!」というのは特に興味深い。その他、「マセマティクス」(数学)、「バイオロジー」(生物学)など、学問の名前は殆どギリシア語が語源。二千三百年前、アリストテレスの時代に作られたものだという。

 

ミコノス島ではまだ「三丁目の夕日」的な、オート三輪、ミゼットが走っている。

 

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