パパとママのいる宿
ママズ・ペンション。初めてなのに、どこかで見た感じがする。
「英国にはどれくらい住んでるの?」
とクリスティーナが聞く。
「もう二十年近くになる。」
と僕が言うと、
「私と同じね。私、ドイツ人なんだけど、もう二十年近くミコノスにいるの。学生の時に遊びに来て、すっかり気に入ってね。ギリシア人の今の旦那と結婚しちゃったのよ。」
彼女はそう言った。ふ〜ん。クリスティーナはドイツ人。
「ドイツの何処で生まれたの?」
と僕がドイツ語で尋ねる。
「あなた達、ドイツ語も話せるの!?」
クリスティーナは驚いて言った。その後、僕達が発つ日まで、僕達夫婦と彼女との会話は、全てドイツ語で行われることになる。
アギオス・ステファノスという村にある、クリスティーナの家族が経営する「ママズ・ペンション」(おふくろの宿)に到着。そこは小さな湾と港を見下ろす斜面の途中にあった。彼女のご主人は現在アテネで働いていて留守とのこと。ペンションは昔、クリスティーナの義父母が経営していたのだが、現在はふたりとも引退して、彼女が切り盛りしているという。
彼女の義父母、「パパ」と「ママ」に紹介される。「パパ」は九十歳、「ママ」は八十二歳。僕は京都に住む、やはり今年で九十歳になる自分の父を思い出した。「パパ」は、最近心臓の手術をしたということだが、背中も全然曲がっていないし、お元気そう。
「カリメーラ、パパ、カリメーラ、ママ。」
ふたりと握手をしながら、ようやく覚えたギリシア語で、「こんにちは」の挨拶をする。
僕たちの部屋に案内される。ベランダから海が見えて、なかなか良い部屋だが、台所がない。マユミは、台所というか、「クッキング・ファシリティー」(料理の出来る設備)のある部屋を予約したと言っていたのに。
ここに着いてから、
「こんな場所を昔どこかで見たぞ。」
という気がしてならなかった。それをようやく思い出す。ミュージカル、「マンマ・ミーア」の映画の中、主人公のドナ(メリル・ストリープが演じていた)の経営するホテルだ。そう言えば、ドナのホテルもエーゲ海に浮かぶ小さな島にあった。
あの映画を見て、エーゲ海に行ってみたいと思われた方も多いかも知れない。しかし、実はあのドナのホテルのシーンは、殆ど、ロンドンにある屋内スタジオで撮影されたものだという。DVDに付いていた特典画像というのを見て、僕はそれを知ったのだが、世の中には「知らないで済ませた方がよい事実」もある、とはこのことか。
パパとママと記念撮影。パパはギリシア語しか喋らないが、ママは少しだけど英語が分かる。