飛行機のバランス
薬剤を噴射して、翼の氷を解かす。五月に見る風景ではない。
飛行機に乗り込む。普通は百五十人くらいしか乗れないエアバス三二〇に、ギュウギュウに席を詰めて二十人ほど余計に乗れるようにしてある。その影響で、座席はリクライニングしない。山本山やパヴァロッティはとても座れない。飛行機は「八分の入り」というところ。この季節、ミコノス島へ行く人が結構多いので驚く。
イージージェットの飛行機は、原則的に「自由席」、搭乗券には座席番号が印刷されていなくて、乗客は早い者勝ちで、どこに座ってもよい。そんな飛行機に乗るのが初めての妻は少し戸惑った様子。
でも、半分しか埋まっていない飛行機で、乗客が全部右側に座ったらどうなるのだろう。バランスが狂わないのだろうか。昔別の航空会社のフライトで、スチュワーデスに席を替わりたいと言って、断られたことがある。
「お客様のお座席は、機の『バランス』を考えて配置してありますので。」
と言うのがその理由だった。
「本当かよう!そんな『バランス』なんて全然考えないイージージェットかて、ちゃんと飛んでるやんけ。」
搭乗は無事終わったのだが、飛行機がなかなか動き出さない。そのうち機長よりアナウンスがあり、
「翼に霜が付いているため、それを落とさないと飛び立てません。それを落とす『デ・アイシング・チーム』(氷落し隊)が来るのを待っています。」
とのこと。
「嘘やろ、なんぼなんでも。」
と僕は妻に言う。冬場には良くあるケースだが、今はお彼岸も連休も済んだ五月の中旬。そこで『氷落し隊』はないよな。ともかく、三十分後に一台の窓の清掃車のような、ゴンドラの付いた車が現れ、一人のおじさんが、ホースで主翼に薬剤を噴射し、飛行機は四十五分遅れで、ガトウィック空港を飛び立った。
格安航空会社では「食事や飲み物のサービスがない」と先に書いたが、厳密に言うと、金さえ払えば、サンドイッチや飲み物は買うことができる。でも誰も買わないので、スチュワーデスの押すワゴンは十分くらいで、端から端まで行ってしまう。それ以外の時間、スチュワーデス達はとにかく暇なのだ。
トイレに行くとき覗いてみると、あるスチュワーデスは雑誌を読んでいた。新聞や雑誌を読んでいて給料が貰えるのだから、これほど良い職場はないと考えがちだが、実は、彼女達、「バジェット・エアライン」の客室乗務員の給料は恐ろしく安いのだ。料金も格安なら給料も格安。「スチュワーデス」が「高嶺の花」の職業だった時代は終り、今では、喫茶店のウェートレス並のお仕事。シンガポール航空や大韓航空など、容姿、接客態度ともに質の高いスチュワーデスを揃えている会社もないわけではないのだが。
いよいよ眼下にエーゲ海の島々が見えてきた。海の色が鮮やか。