「ゲーム」
原題:Geim
英語題:Game
2010年
<はじめに>
地下鉄の中で携帯を拾った、失業中の若者HP。その携帯を使ったゲームに誘われ「イエス」と答えてしまう。与えられた課題をこなすと得点が貰える「リアリティー・ゲーム」。しかし課題はだんだんとエスカレートしていく・・・
<ストーリー>
「まだだ!」
それが最後の言葉だった。激しい爆発。警察は破片を集めて、元の姿を復元するのに時間を要した。
七月初旬、ヘンリク・ペターソン、通称HPは、ストックホルムで電車に乗っていた。失業中のHPは、その朝も二日酔いだった。彼は、向かいの席に置き忘れられている携帯電話に気付き、それを手に取る。メーカーの名前がなく、「一二八」とだけ書かれていた。金のないHPはそれを売って、金を得ようと考える。そのとき、携帯にメッセージが表示される。
「ゲームをしますか?イエス/ノー」
HPは「ノー」を選択する。更にメッセージが表示された。
「ヘンリク・ペターソン、ゲームをしますか?イエス/ノー」
「どうして、俺の名前を知ってるんだ。」
HPは困惑する。彼は、自分に落ち着けと言い聞かせる。
「これは友達の仕業に違いない。そうだ、マンガの仕業だ。こんなことをするのはヤツしかいない。」
マンガはイスラム教に改宗した昔の仲間で、ITの店をやっていた。
「よし、悪戯なら、それに乗っている振りをしてやろう。」
そう考えたHPは「イエス」のボタンを押す。即座にメッセージが表示される。
「HP、ゲームにようこそ。」
レベッカ・ノルメンは車を降りた。警察の「VIP警備コーディネーター」である彼女は、その日も大臣の一人を護衛していた。安全を確認したレベッカは、大臣と秘書を車から降ろす。彼女は、傍を流れる川の堤防で、釣りをしている三人の男を見て、何かがおかしいと直感する。三人の男が、大臣に殺到する。
「スウェーデンは殺人者を擁護するのか!」
男たちはそう叫んでいた。レベッカは折り畳み式の棍棒を振るって、男たち対抗する。彼女は大臣を車まで連れ戻そうとする。しかし、元あった場所から車は消えている。誰かが大臣を建物の中に引きずり込む。レベッカも建物の中に駆け込む。そこで初めて、彼女は自分の頭に血が付いていることに気付く。
「HP、これは百点のゲームだ。次の駅で赤い傘を持った男が乗り込んで来る。その傘を、電車が中央駅に到着する前に盗ることができれば、きみは百点貰える。この電話はアンロックされ、きみはこれを自由に使えるようになる。分かったか?イエス/ノー」
「スパイ大作戦のようだ。」
とHPは思う。彼は「イエス」のボタンを押す。
「素晴らしい。カメラを外に向けてベルトに固定しろ。成功を祈る。」
電車が次の駅に着く。HPは言われたとおりにカメラを固定して、乗って来た客に順番に近づいて行く。HPはレインコートを着た男に近づく。その男は高級デパートの紙袋を持っていた。その中に傘が入っている。電車が発車する直前にHPはその傘を掴み、
「マンガによろしく伝えてくれ。」
と言い残し、閉まる寸前のドアからホームに降りる。誰も彼を止める者はいなかった。HPはスリルを楽しんでいた。彼はメッセージを受け取る。
「第一課題の成功おめでとう。このままゲームを続けたいか?」
HPは躊躇なく「イエス」と答える。
レベッカは上司のルネベリに状況を報告していた。レベッカの浴びた血は、風船に入った豚の血だった。三人の男のうち一人が襲撃の様子を撮影し、SNSに載せていた。運転をしていたベングトという中年の警官は、責任を全てレベッカに負わせようとしていたが、上司のルネベリは、レベッカの言うことを信じる。ルネベリは、レベッカを昇進させ、エリート集団である「アルファグループ」に入れたいと思っていた。自尊心の高いレベッカもそれを受け入れ、そのために、彼女はアンデルベリというカウンセラーの面接を受けることになる。
マグヌス・サンドストレーム、通称マンガの営む小さなコンピューターショップに、HPが入って来る。二人は同級生だった。マンガはHPの機嫌が悪いことに気付く。HPは携帯をマンガの前に叩きつけ、
「どういうつもりだ!」
と怒鳴る。マンガはそんな携帯は見たこともないと言う。HPは、マンガが昔から嘘をつくのが下手な男だと知っていた。HPはマンガに、何があったかを話す。
レベッカはアンデルベリのカウンセリングを受けている。彼女は子供の頃からカウンセラーに嘘をつくのが得意だった。しかし、その日は勝手が違っていた。午前中の出来事で動揺しているのかと彼女は考える。アンデルベリは、カウンセリングの後、報告書を書く。
「レベッカ・ノルメンは市内パトロールから任務を始め、常に優秀であったが、卓越しているというわけではない。」
アンデルベリはレベッカを魅力的な女性だと思う。黒い瞳、ポニーテールの髪、化粧気のない顔。そして、彼女が過去に何か秘密を持っており、それを隠しているとアルベリは考える。そのため、彼女は、同僚との接触、交際を極力避けていると。彼は、自分がそれに気づいた最初の人間であると思う。
「誰にも過去や秘密はある。」
そうつぶやき、アンデルベリは、レベッカに上から二つ目の評価を与える。
HPは、マンガの店からアパートに戻り、携帯を見る。携帯には「電話」、「カレンダー」、「メール」、「インターネット」、「ゲーム」の四つのアイコンだけがあった。HPはゲームのアイコンを選ぶ・
「ゲームの世界にようこそ。世の中は全てゲーム。これは選ばれたプレーヤーだけで争われるゲームだ。
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定義:プレーヤーはゲームマスターから課題を受け取りそれを遂行し、決められたポイントと、それと同じ額の米国ドルを受け取る。それまでの得点は一覧表に記載され、逐次更新される。
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プレーヤーには以下のルールが適用される。
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ルール一:このゲームについて、第三者に話してはならない・
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ルール二:ゲームマスターの言うことは絶対で、異議を唱えてはならない。
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このルールを破った者は、即刻失格となり、追放処分を受ける。」
HPはなぜ、自分がプレーヤーに選ばれたのか不思議に思う。元々怠惰な彼は、ゲームのために街中を走り回ることに抵抗があった。しかし、金には魅力があった。一覧表には彼の名前もあった。そこをクリックすると、彼がその日行った課題のビデオが載っていた。彼自身の携帯から撮ったものの他に、第三者によって撮られたビデオもあった。それを見ているうちに、HPは興奮してしまう。
レベッカは、職場に戻る。彼女はその日は帰ってよいことになっていた。しかし、彼女は他の男性の同僚に負けたくなかった。それだけに、彼女はその日の自分の失点について不満だった。
「HP、きみは本当にこのゲームを続けたいか?イエス/ノー」
そのメッセージにHPは躊躇なく「イエス」と答えた。
「誰かが自分を見ていて、評価してくれている。」
その考えが彼を夢中にした。HPは金を払って見ている「観客」がいることを知る。彼らはトップの得点者に最高級の賛辞を送っていた。しかし、HP自身、他のプレーヤーの動画は見ることができなかった。
「今度は俺の番だ。」
HPは呟く。
HP地下鉄の駅から外に出る。彼はNKデパートの前に立つ。彼には四百ポイントの課題が与えられていた。彼はメッセージの指示に従って、エレベーターに乗る。
「三階の書籍売場に行って、白いウサギを追え。」
「白いウサギ・・・」HPは書籍売り場へ行き「不思議の国のアリス」の本を手に取る。その本の間に、
「六時五十五分に五階に行け。」
と書いたカードが入っていた、HPは、デパートが四階までしかないのを知っていた。彼は四階に、更に上に向かう階段があるのを見つける。彼は階段を登る。
「左側の三番目のドアを開け、二十五秒後に、赤いボタンを押せ。」
との指示があった。HPはそれに従う。カウントダウンの後、彼はボタンを押す。何も起こらない・・・ように見えた。レベッカは警察署を出る。彼女は警察無線で、最寄りのパトカーはNKデパートに急行するようにという命令を聞く。HPは外に出る。周囲の人間が、空を見上げて騒いでいるのに気付く。彼も見上げると、NKデパートの大時計が、七時で止まっていた。
レベッカは夢を見ていた。十三年前の、その男の死を目の前にした驚きの表情、そして、男が地面に叩きつけられる音が今もレベッカの夢の中に出てきた。
レベッカは、アルファグループの新人の研修を受けている。三人で組になり、二人が攻撃し、一人がそれから逃れるという訓練だった。彼女は、二人の男性の同僚に羽交い絞めにされ気を失いかける。しかし、彼女は反撃に転じて、二人の同僚を倒す。それを見ていたアルファグループのリーダーの口元に微笑が浮かぶ。レベッカは次に射撃の訓練を受ける。最初ピストルアレルギーだったレベッカだが、絶え間ない練習が実り、今では同僚の誰よりも速く、正確に撃てるようになっていた。
HPは次の課題を受け取る。彼のNKデパートでの行動の動画は、観客に配信され、彼は金と賛辞を得ていた。
「ビルカガタン三十二番地に、午後六時に来い。」
というのが最初の指令だった。HPはその住所に行く。そこは普通の集合住宅だった。彼は、目だけ開いたスキー帽子をかぶり建物の中に入る。彼は、建物の前のゴミ捨て場で、塗料のスプレーを受け取っていた。彼は、指示された部屋のドアにスプレーで字を書き始める。中に居た男が気付き、ドアを開けようとする。HPはドアが開く直前に作業を終え、階段を駆け下りる。ゴリラのような男が彼を追ってくる。HPは中庭から壁を乗り越えて逃げようとする。彼は片足を掴まれるが、別の足でその男を蹴り倒し、壁の反対側に逃れる。
「成功おめでとう。君には七百点が与えられ、ボーナスとして百点が加えられる。」
HPはゲームマスターからのメッセージを受け取る。HPは、自分の動画を見る。それは、それまでのどの動画より鮮明で臨場感に溢れていた。そこには彼が赤いスプレーで書いたメッセージが写っていた。
「ゲームのルールを忘れるな。」
観客からのコメントが寄せられ、HPの評価は上がって行った。
「次はもっと上手くやろう。」
彼は自分に言い聞かせる。
レベッカは自分のアパートに戻る。ドアには四つの鍵が付いていた。彼女は、
「ヘンケに電話しようか。」
と一瞬考える。しかし、疲れていた彼女は、そのまま眠ってしまう。
「才能発掘会社からゲームマスターへの報告書。
候補者:一二八番、ヘンリク・ペターソン、三十一歳。失業中。教育は義務教育のみ。課題完遂数、五。現在までの獲得ポイント、二千二百点。ランキング二十三位、レベル三。
父母は死亡。姉がいる。子供の頃、児童虐待の被害者となり、福祉事務所が一度関与した。暴力行為で学校を停学になったことがある。ティーンエージャーの頃から、麻薬と窃盗で逮捕歴がある。十八歳のとき、傷害致死罪で少年刑務所に一年間服役。知的であるが怠惰な性格。現在のところゲームに対して、疑いや、帰結に対する不安は抱いていない。他人への同情を余り感じず、自分のことを社会の不正義の犠牲者だと思っている。しかし、認められたいという願望も強い。結論として、彼を次のレベルに進めることを提案する。ドノバン」
HPは、女性とセックスの最中であった。彼は興奮していた。「今週のナンバーワン」に躍り出たからだ。彼は、セックスの最中も、カメラをオンにしておくことを考えていた。一方、レベッカも男の部屋で寝ていた。その男。ミッケとはバーで六カ月前に出会い、その後、彼とのセックスの味が忘れられなくなり、度々彼のアパートを訪れていた。翌朝、レベッカは音が眠っている間にアパートを出る。彼女はテーブルの上に置いてある男の携帯に目をやる。それは、彼女が一度も見たことのないタイプだった。
ゲームマスターは、
「目の前に新しい世界が広がる。」
と言ったが、それは嘘でなかったとHPは思う。四番目の課題は、駐車中のフェラーリからタイヤのナットを抜き取ることだった。彼はその道具を公衆便所の中で受け取った。フェラーリの持主の弁護士が、バーで一杯やっているうちに、彼はタイヤのナットを抜き取った。誰も作業をしているHPに注意を留めなかった。通りかかった警官でさえも。彼はその課題を自分向きだと思った。彼は、弁護士を嫌っていた。彼は過去に十か月間服役したことがあったが、そのとき自分の弁護人は何の役にも立たなかった。フェラーリから抜き取ったナットは、弁護士の働く会社に送られることになっていた。しかし、それはHPではなく、別のプレーヤーが投入されることになっている。HPはゲームマスターの計画性と実行力に脱帽する。彼がアパートに戻ると、クレジットカードが届いており、そこには二千三百ドルの入金があった。HPはドラッグを買い、ピザを注文する。
第五の課題のために、HPはアパートを出る。彼はカフェに座り、テーブルの裏を探る。そして鍵を探し当て、その鍵で中央駅のコインロッカーを開ける。
「またスプレーの缶か。」
彼はそう思って金属の筒をロッカーから取り出す。しかしそれはスプレーではなく、「M84型」の手榴弾だった。それは大音響と強い光を発し、相手を撹乱する目的のために作られた武器だった。その日、ギリシアからの国賓を迎え、スウェーデン国王夫妻と賓客を乗せた馬車のパレードが行われることになっていた。馬車の前後は、騎馬警官が警護に当たっていた。HPの課題は、手榴弾をその行列に投げ込むことだった。さすがに、今回逮捕されれば、裁判は避けられないだけに、HPは躊躇した。しかし、彼は実行した。それは彼自身の予想を大きく上回る大爆発であった。驚いた馬たちから人々が投げ出され、馬は勝手な方向に逃げて行った。家に戻ったHPはその動画を見る。彼自身が撮った動画の他、少なくともふたりの人間が、爆発のようすを撮影していた。場所はHP自身が選んだものだった。どうして、それが他人に分かったのか、HPは不思議に思う。マスコミではテロリストによる犯行説が主流だった。
「誰も正しくない!」
HPは密かな喜びを感じ、自分がそのような課題の実行者に選ばれたことを誇りに思う。
レベッカが署に着くと、彼女のロッカーの扉に紙が貼ってある。
「お前は人殺しだ。警察にいるのは間違っている。」
紙にはそう書かれていた。彼女は、ダグの葬式で、彼の姉、ニラの言った言葉を思い出していた。
「お前と、お前の弟は人殺しだ!」
当時、レベッカはダグが死んで正直ホッとしていた。彼女はその二週間後、別の姓で警察に応募し、採用されていた。弟は逮捕、起訴され、傷害致死罪で少年刑務所に服役した。ニラは警察に一般職員として働いているはずだった。その紙はニラが貼り付けたものだと。レベッカは確信する。
その日はレベッカのアルファグループとしての最初の日だった。彼女は、上司のヴァートラの指示で、外国からの要人を護衛するため、同僚と車に分乗して空港に向かう。空港で、首相を迎えたレベッカと同僚たちは、高速道路をストックホルムに向かって走っていた。時間は午後九時半。もうすぐ終わるとレベッカは考える。車列は間もなくリンドハーゲンスプランに差し掛かる。
HPは失望していた。五番目の課題の後、彼に回ってくるのは、難易度の低い小さな仕事ばかり。得点、すなわち金額も低いものばかりだった。そして、彼はゲームで稼いだ金をほぼ使い果たしていた。仕方なく。HPはマグナの店で働き始める。三日後、HPはやっと課題を受け取る。三千ポイント、すなわち三千ドルという、破格の課題だった。HPは友人に原付を借り、夜の九時半に、指定されたリンドハーゲンスプランの高速道路に架かる橋の上に来る。そこには、手すりに布袋が吊ってあり、そこには重さ三、四キロの石が入っていた。石の表面は脂が付着していた。HPは近づいてくる車に向かって、その石を落とす。
レベッカは高速道路に架かる橋の上に、誰かが立っているのを見る。次の瞬間、石がフロントグラスを破って飛び込んで来た。車はガードレールに激突して大破する。レベッカはしばらく意識を失っていた。消防隊のレスキューが来て、大破した車の屋根を切り開き、中に閉じ込められていたレベッカと同僚のクルーズを助け出す。二人は病院に運ばれる。レベッカは軽傷で済んだが、同僚は、重症で集中治療室に入る。
HPは車がガードレールにぶつかるのを見ていた。
「これで俺がまたナンバーワンだ。」
そつぶやいて、彼は原付をスタートさせる。しかし、数メートル行った場所で、突然脇から車が飛び出しバイクにぶつかる。HPは道路に投げ出される。
「こいつが石を落としやがった。」
そんな声が頭上で聞こえる。間もなくパトカーが到着。HPは二人の警官によってパトカーの中に連れ込まれる。
パトカーに連れ込まれた警官に、HPは、
「弁護士を呼んでくれ。」
と言う。一人がHPを殴りつける。HPは警察の尋問室と思われる部屋に連れて行かれ、そこでボリン名乗る刑事の尋問を受ける。殺人未遂罪で逮捕されたとHPに言う。
「俺は無罪だ。弁護士を呼んでくれ。俺は警察官に殴られた。被害者だ。」
と言う。ボリンは、
「一人の警官は重傷で、何時『殺人罪』に切り替わるかもしれない。石が入っていた布袋は、あんたが学校で使っていた『体操服』を入れる袋だ。また、石にはあんたの指紋が付いていた。」
と言う。HPはその袋が自分のアパートのタンスの中にあったことや、バイクとぶつかった車のタイミングが良すぎることから、自分ははめられていると考える。ボリンは、
「弁護士に電話をしたかったらすればよい。」
と言って部屋を出る。
「幸い、一緒に載っていた婦人警官のノルメンは軽傷だった。」
と言い残して。HPはその名前に驚く。彼は弁護士ではなく姉に電話をする。
レベッカの電話が鳴る。弟からだった。
「大丈夫か?」
とHPは尋ねる。
「あんたが乗っているとは知らなかったんだ。これは単なるゲーム、ジョークなんだ。」
その言葉を聞いて、レベッカは怒りに震える。
「そのゲーム、ジョークのせいで、私の同僚は生死の境をさまよっているのよ。」
HPは今、自分が警察の留置場にいると言う。ボリンが部屋に戻って来る。HPは姉が全てを話せと言っていたことを思い出す。姉はこれまで正しかった。HPはテープに向かって、これまであったことを全て話す。国王の隊列に投げた手榴弾のことを除いて。レベッカは、警察の留置場に電話をかける。しかし、どこにも弟は拘留されていない。話し終わった時点で、ボリンは部屋を出ていく。携帯は机の上に残されていた。携帯にメッセージが表示される。
「おまえはルールを破った。即刻、ゲームから追放される。ゲームマスター」
警官が戻ってこないので、HPはドアを押す。鍵は掛かっていなかった。それどころかそこは警察ではなかった。HPは自分がはめられ、周囲の全てが芝居だったことを知る。
翌朝八時、レベッカはアンデルベリの面接を受ける。アンデルベリは、その日のレベッカの受け答えが、ロボットのようで、感情がこもっていないことに気付く。
「ヘンリク・ペターソンが、直近の親族として挙げられているが、パートナーなんですか。」
と水を向ける。レベッカは一瞬動揺するが、ペターソンは弟で、自分は母親の姓を名乗っていることを告げる。子供の頃、暴君である父親の怒りが全て弟に向かい、自分は父と弟の間に立って、父をなだめ、弟を守る役割だったと、レベッカは話す。そして、父親が死んだときに、自分は家を出て、それ以来、弟には余り会っていないと言う。それは、多くのことを隠してはいたが、一応真実であった。
HPのアパートのベルを鳴らす者がいる。十秒間鳴り続け、十秒間空いて、また十秒間鳴る。居留守を使うと決めていたHPも、その執拗さに根負けしてドアを開ける。そのとたん、彼は廊下に倒れる。そこに立っていたのは、姉のレベッカだった。
「ベッカ、ここで何をしてるんだ。」
とHPは叫ぶ。
「それはこっちの台詞よ。」
そう言ってレベッカは入って来る。
「ベッカ、大丈夫だったのか。あんたの同僚はどんな具合だ。」
とHPは尋ねる。
「私は大丈夫で、同僚も良くなりつつあるわ。」
とレベッカが答えると、HPは、ホッとした顔をする。レベッカは、
「全部の留置場に電話したけど、あんたは居なかったわ。一体どこにいたの。」
と問い詰める。
「何もない。友達と飲んでいたら、テレビのニュースで事故のことをやっていたので、電話しただけだ。」
とHPは答える。レベッカは事故のことや、自分の名前が、マスコミに公表されていないことを知っていた。レベッカはHPを問い詰める。HPは、既に一度「ゲーム」のルールを破っている自分が、更にルールを破るのはまずいと考え、姉に真実を話すことを思い留まる。
「お願いだから帰ってくれ。」
そう言って、HPはレベッカをアパートから出す。彼の目に、大人になってから初めて涙が浮かぶ。
レベッカが帰ったあと、HPが寝ていると、玄関で物音がする。誰かが、郵便受けの中に大きな封筒をねじ込んでいるところだった。その封筒が突然燃え始める。廊下は火に包まれる。HPは消防に電話するが、火はどんどん広がる。彼は、台所からボールに水を入れ、何度も掛け、火の広がるのを食い止める。そのうちに消防隊が到着し、火は消し止められる。HPは病院に運ばれる。携帯にはメッセージが表示されていた。
「ルールの一番目を忘れるな。」
HPは病院で意識を取り戻す。軽い火傷と一酸化炭素中毒であった。警官が彼に、
「放火だ。誰か心当たりはないか。」
と尋ねる。HPは、心当たりはないと答える。その頃、レベッカはミッケに電話をしていた。レベッカはミッケを食事に誘う。ふたりはレストランで食事を済ませたあと、別れる。彼らがセックスをしないで別れるのはこれが初めてだった。
HPは途方にくれていた。病院を出たものの、彼には金も住む場所もなかった。彼は、マンガの家に転がり込み、居間のソファで寝ることになる。HPは何とか「ゲームマスター」に連絡したいと考える。HPはマンガに、携帯の中のデータを分析するように頼む。マンガは自分を「ファルーク・アル・ハッサン」と呼ぶことを条件にそれを引き受ける。マンガは、HP携帯を開けて、中にあるファイルを見る。そして、HPが国王の行列に手榴弾を投げ込んだり、高速道路に架かる橋の上から石を投げる画像を発見する。
「これは何だ?」
マンガはHPに詰め寄る。HPは観念して、事実をマンガに話す。
レベッカは自分のロッカーに別の張り紙を見つける。
「犯人はおまえだ!」
と書かれていた。ニラの仕業に違いないと思ったレベッカは、ニラの居所を探る。
深夜、マンガの住いに電話が架かる。警備会社からだった。マンガの店が荒らされたという。マンガとHPは車で店に駆け付ける。店のドアが壊されていた。警備員によると、警報で駆け付けたとき、一人の男が玄関のドアを開けようとしており、もう一人の男がその様子をビデオに撮っていたという。マンガとHPが車で家に戻るとき、別の車に尾行されていることに気付く。マンガは彼の穏やかな性格から信じられない運転で、尾行を振り切る。HPは、マンガが、「ゲーム」が何であることの解明を、チャレンジングだと考え始めたことに気付く。
レベッカは翌日から勤務に戻る。レベッカはニラのメールアドレスを見つける。メールを書くが、送信をためらう。しかし、翌日コンピューターを見ると、そのメールは「送信済み」になっていた。
マンガは、HPを自分の叔母のコテッジに連れて行く。そこにHPをしばらくの間、隠れさせるためである。そのコテッジには古いパソコンがあり、HPとマンガはそれを使ってチャットをすることになる。
「あんたの使っていた携帯をインストールしたサーバーを発見した。そのサーバーのことを知っている人物がいる。その人物は、外部とのデータのやりとりを絶っているため、直接会うしかない。」
とマンガは書いてくる。HPは電車とバスを乗り継いで、指定された場所に向かう。彼は、電車もバスも、尾行をされているケースを考え、発車の直前に乗り込んだ。彼は指定された場所でバスを降りた。そこは本当に何もない場所だった。上空を、バナーを引っ張った飛行機が通り過ぎる。間もなく、原付に乗った、時代錯誤の格好をした男が現れる。彼はエルマンと名乗る。HPはモペットに荷台に乗り、ふたりは、森の中にある小さな家に向かう。家は雑草に囲まれていたが、中は意外に清潔で、整頓されていた。エルマンは、HPより数歳年長のように思えた。
「指令は守っただろうな。」
とエルマンが念を押す。
「携帯は置いてきたし、途中何度も乗り換えた。」
とHPは答える。
「俺のインストールしたサーバーについて聞きたいんだって?」
とエルマンは聞く。
「俺は、美術監督で、サーバーの中の画像に興味があるんだ。」
HPは考えてきた嘘をつこうとする。
「あんたは『ゲーム』のプレーヤーで、誰が運営しているかについて知りたいんだろう。」
とエルマンは図星を指す。
「ここは安全だから、話してみろよ。ルールの適用範囲外だから。」
とエルマンは続ける。HPはエルマンにこれまでの事情を話す。
「俺は、奴らと一緒に働いてきたからよく分かるんだ。あんたの動画を、誰かが金を払って見ているとか、コメントしているとか、考えないほうがいい。そんな暇人は世の中にいない。あんたは、自分に与えられた『課題』がランダムに来ていると思っているのか。」
とエルマンは言う。
「言っちゃ悪いが、あんたは、自分のことだけを考えて、他人のことを考えない人間だ。職もないし、友人もないし、金もない。あんたのような人間は、奴らにとって格好の『プレーヤー』、利用価値なんだ。」
エルマンは「ゲーム」の組織と自分との関係を話す。彼は、サーバーのインストールを、大金を払うことを条件に請け負った。世界中に五台のサーバーがあり、彼は欧州、中近東のサーバーを任された。六カ月後、サーバーのインストールが終わったとたん、「ゲーム」側からの連絡が途切れた。その後、彼は様々な嫌がらせを受け、身の危険を感じた。そして、全ての電気的、電子的なコンタクトを絶って、この場所に隠遁することを決意したという。エルマンによると「ゲーム」は世界的な組織で、全てがコンピューター化されている。そして、世界で起こる事件の何割かは、彼等の仕業であるという。エルマンは、そのサーバーの在り処を知っていた。そして、そのサーバーのある場所に行けば、逆にハッキングを仕掛けて、妨害できるという。
レベッカはニラからの返事を受け取る。
「私はあんたを永遠に許さない。」
メールにはそう書かれていた。レベッカは、アパートの管理会社が、バルコニーを修理した後、手すりを留めるナットを、閉め忘れていたことを知っていた。
エルマンは自分は利用されるだけ利用され、捨てられたという。そして、HPもその運命にあると言う。HPが上空を飛んでいた飛行機について話すと、エルマンの顔色が変わる。
「あんた、この家の場所を『グーグルマップ』で調べなかったか?」
とエルマンは尋ねる。HPが認めると、
「馬鹿野郎。あんたは俺の居場所を奴ら教えてしまった。とっとと出ていけ。」
とエルマンは叫ぶ。HPはエルマンの家を出てバス停に向かって歩き出す。そのとき、バナーを引っ張っていた飛行機が現れる。飛行機は、急降下して、HPを襲ってくる。HPはバス停に向かって走り、ちょうどやって来たバスに身を投げ出す。バスは急停車する。飛行機は、バスにぶつかりそうになり、上空に飛び去る。HPはバスの運転手に助け起こされる。HPはバスに乗ってその場を去る。
HPはエルマンの言ったことが大きすぎて消化し切れないでいた。自分は操り人形で組織に利用されていたことは事実である。しかし、「ゲーム」が世界的な組織で、これまで、多くの犯罪に手を染めているというのは、直ぐには信じられなかった。エルマンの誇大妄想、被害妄想かも知れないとHPは思う。彼は、家に帰ってテレビをつける。ニュースが、エルマンのコテッジが燃えたことを伝えていた。HPは胃腸を壊して、寝込んでしまう。マンガが何回か彼を助けに来る。HPは、
「『ゲーム』は最初考えていたような、金持ちの暇つぶしではない。もっとシリアスなものだ。」
そんな確信を得る。
病気から快復したHPは、エルマンがサーバーを設置したという場所へ出向いてみる。そこは普通のオフィスビル街に建つ、普通の建物であった。HPは家に戻り、迷宮入りした事件について調べてみる。「聖カタリーナ教会放火事件」、「社民党のコンピューターに対するハッキング事件」等が見つかる。これらの事件で得をしたのは誰か?と彼は考える。教会の放火は分からないが、政党へのハッキングの方は明らかであった。社民党はその事件を敵対する国民党に押し付けることにより、次の総選挙で社民党は大きな勝利を収め、国民党は壊滅的な敗北に終わっていた。当時、犯人像についての分析が行われていた。「被害者意識の強い、孤独な男」であるという。HPがそれに自分が当てはまることを知る。彼は一度だけ他人のために行動したが、それについて感謝されることはなく、刑務所に送られた。その後、彼はまともな仕事に就けなくなっていた。エルマンは、インターネットの始まる前から「ゲーム」は存在していたと言った。HPは、オロフ・パルメの暗殺事件も、ひょっとしたら「ゲーム」に利用された者の犯行では、と考える。
レベッカは、弟を探す。彼のアパートに行ってみると、工事中で、隣人は放火されたと言った。彼女は、弟が一番親しかったマンガに会うこともする。マンガの店にも、火事の跡があり、警察のテープが張られていた。彼女は、弟とマンガに関係のあることを確信する。マンガは店にいた。彼は、レベッカに、HPは何処にいるのか知らないという。マンガはレベッカに思わぬことを話し出す。
「あんたにはとても済まないと思っている。俺は罪の意識にさいなまれている。俺の従兄弟のダグをあんたに紹介してしまったことだ。奴か暴力を振るうことを俺は知っていた。でも、俺はあんたにそれを言わなかった。ダグは死に、あんたもHPも罰を受けているのに、俺はのうのうと生き延びている。」
レベッカはマンガに答える。
「皆、自分の判断でしたことよ。それには自分で責任を取らねばならいわ。起こってしまったことは変えようがない。前に進むだけ。」
彼女は事件の真相を話したいと思った。
「弟の家に放火した犯人と、あんたの店に放火した犯人は同じなの?私の弟が、一体あんたを何に巻き込んだの?」
とレベッカは詰め寄る。マンガは諦めて、レベッカに全てを話す。
HPはオロフ・パルメの暗殺事件を「ゲーム」の犯行と仮定すると、一番現実的であると思い始める。「組織に操られた単独犯」による犯行、「ゲーム」はプレーヤーに仕事をさせ、プレーヤーは自分に与えられた評価に満足するという構造である。その他にも「ゲーム」の犯行と考えると辻褄の合う時間が多くあった。HPはエルマンの言ったことを信じ始める。
「自分は、叩かれてまだ飼い主を追いかける犬のようなものだ。」
HPは自嘲的にそう思う。彼は、自分が国王の列に向かって手榴弾を投げた「意味」を考える。警察の目をそちらに向けて、他の犯罪を容易にしたのではないかと。彼が調べると、同じ時刻「ヴァイアグラ」を積んだ、コンテナが、港から盗まれていた。HPは、外の空気を吸うために、コテッジの外に出る。近くにライトバンが停まっていた。車体には「ACMEテレコムサービス」と書かれている。車内や周辺に誰もいない、彼は家に戻り、その車のナンバープレートから持主を調べる。レンタカーだった。HPが石で窓ガラスを割ろうとしたとき、男が現れる。男は、自分は通信会社の者で、一帯の通信障害の対応をしていると言い、HPもそれを信じる。
レベッカは、マンガの店を出て、自転車でHPの隠れているコテッジに向かう。彼女はHPの使っていた携帯も受け取っていた。コテッジの近くで、猛スピードで走り抜けるライトバンにぶつかりそうになる。レベッカはコテッジの中に入る。中には誰もいない。彼女はソファの位置が、本来あった場所から少しずれているのに気付く。彼女はソファの下を覗く。そこには爆発物があった。彼女は警察の担当者を呼ぶ。HPが食料品と煙草を買って、コテッジに戻ろうとすると、前にパトカーが停まっているのを見つける。彼は物陰に隠れる。彼女は家に出入りする警察官の中に、姉のレベッカを見つける。その頃、警察の爆発物処理班は、圧力による起爆装置を回収していた。誰かがソファに座ったとたんに、爆発する仕掛けになっていたのだった。
レベッカがアパートに戻ると、玄関のドアの前に誰かが立っている。HPだった。彼女は弟を中にいれる。HPはコーヒーが出来る前に眠ってしまう。レベッカの回想。ダグとレベッカが住むアパート。HPがベランダで煙草を吸っているところにダグが帰って来る。
「ちょっと問題があって、弟が来ているのよ。」
とレベッカはダグに告げる。
「俺は殴られても蹴られても、それを跳ねのけて生きてきた。それに比べて、お前の弟はなんだ。誰かに頼りきじゃないか。」
ダグはレベッカを罵り始める。そこへ、HPがベランダから中に入って来る。二人は激しい口論になる。レベッカは二人を留めようと割って入るが、ダグはレベッカを殴る。今度はHPがダグに殴りかかる。屈強なダグはHPをベランダに追い詰める。レベッカはダグに体当たりを食らわせる。ダグはベランダの手すりを握る。しかし、次の瞬間、手すりは外れて、ダグは下に転落する。警察が呼ばれる。HPは、
「俺がダグを突き落とした。」
と警察官に告げる。HPは眠っている。彼は、自分がヒットマンとしてオロフ・パルメを暗殺する夢を見ていた。目を覚ましたHPにレベッカは食事を作ってやる。彼女は弟に、マンガと話し、全てを聞いたことを告げる。また、HPの犯行を撮影したビデオを見たことも。
「俺は・・・」
と言いかけて、HPは言葉が続かない。レベッカは、
「心配することはないわ。全てが元通りに戻るから。」
と弟を慰める。レベッカは、弟の身に起こったこと、特に偽刑事の登場が何を意味するのか考える。
「これからどうしたいの。」
とレベッカがHPに尋ねる。HPは、国外に逃亡するので、金を工面してくれと頼む。レベッカは彼の考えを受け入れる。もし、警察に届けても、単独犯として処理され、HPが刑務所に送られる可能性が高いと考えたからだ。翌日、レベッカは弟に、二万七千クローネの金を与え、HPはミドルネームを使って、フランクフルト往復のルフトハンザの切符を予約する。
HPは空港にいた。彼は、自分のアパートに残してきた、一つの箱が気掛かりだった。彼を乗せた飛行機はストックホルムを飛び立つ。機中で、HPはレベッカに買ったばかりのプリペイドの携帯から電話をする。レベッカは、HPの拾った携帯を所有している会社の名前と住所が分かったと言う。HPには、その会社の情報に思い当たる節があった。彼は、フランクフルトからストックホルムに戻ることにする・・・・、
<感想など>
「ゲーム感覚で読める」という触れ込みの作品。確かに、サクサクと読める。若者向きのテンポで、若者の使うような言葉で書かれている。私事だが、私の娘も、このシリーズを結構熱心に読んで、面白いと言っていた。
失業中の若者ヘンリク・ペターソン、通称HPは、地下鉄の中で携帯電話を拾う。その携帯電話に、しつこく
「ゲームに参加しませんか?」
と表示される。根負けしたHPは「イエス」で答えてしまう。そのゲームは、プレーヤー自らが行動する。いわゆる。「リアリティー・ゲーム」であった。プレーヤーは課題を与えられ、それをこなしているところを携帯でビデオに撮る。それに対して、評価と点数、賞金が与えられるというシステムだった。最初は他愛もない課題だったが、次第にそれはエスカレートしていき、HPは犯罪の片棒を担ぐ破目になってしまう。
「ゲームマスター」と名乗る人物、このゲームのオーガナイザー、支配者である。彼の、プレーヤーを取り込み、次第にのめり込ませ、抜けられなくしてしまうテクニックがすごい。金への欲望と、自己顕示欲を満足させることによって釣り、時にはじらし、時には褒め、プレーヤーが「ノー」と言えない環境を作っていく。本当に、世の中に通用するセールスのノウハウが、そこに凝縮されていると言えると思う。
この「ゲーム」という組織、一見現代のIT技術を使った、単なる金持ちの娯楽のように見えるが、実は、昔から存在する、世界的な犯罪組織であることが、かなり早い段階で分かる。これまで、迷宮入りした事件が、実はこの組織が、プレーヤーに命じて起こさせたものであることが暗示される。その中に、オロフ・パルメ事件のような暗殺事件の他に、「サーズ」、「鳥インフル」、「豚インフル」などの病気も挙げられている。つまり、特定の製薬会社が薬で儲けるために、プレーヤーを組織して、ウィルスをばら撒いたというのである。
この小説を読んでいるとき、世界中は「コーヴィット一九」、「新型コロナウィルス」の渦中であった。このウィルスも、自然界の野生動物から人間に感染したという説の他に、ある国が研究所で「開発」したものが意図的にあるいは事故で、外部に漏れたという説も根強い。ひょっとしたら、「ゲーム」の仕業かも・・・
この作品は、英語圏でベストセラーになったが、ドイツ語訳がない。「仕方なく」英語で読んだが、読んでみて、その理由が分かった。「言葉が汚い」。「ファック」と「シット」は一ページに何度も、「マザー・ファッキング・シット」なんていうのもある。ともかく罵詈雑言のオンパレードなのである。おそらく、スウェーデン語のオリジナルも、そのような調子で書かれているのだと思う。英語への翻訳者は、学校を出ていない失業中の若者たちの使う言葉に、巧妙に訳している。英語には、割とそのような言葉が豊富なのだ。何せ、使っている国に米国があるから。
「これをドイツ語に訳すと、どうなるんだろう。」
私は考えた。ドイツ語は結構お上品な言葉なのだ。
「ドイツ語には、やはり無理か。」
と思ってしまった。
二〇一三年、作者のデ・ラ・モッツは、「ゲーム三部作」の英語訳出版の際のインタビューで、彼の経歴を語っている。彼は警察官として、二年間憲兵隊に、八年間ストックホルム警察に勤務した。警察を退職後、十一年間、複数の会社のセキュリティー部門の担当者であった。彼は出張が多く、読書をする機会が多かったが、妻の勧めで、小説を書き始めたという。彼は、「ゲーム三部作」において、とにかく「エンターテインメント」、読者を楽しませることを目標とした。ソーシャルメディアなどIT技術はは、あくまでその道具立てとして、利用したかったと述べている。そして、第三のレイヤーとして、自分の好きな「ポップ・カルチャー」を織り込みたかったという。この小説には、警察や警備主任としての経験が十二分に生かされている。インターネットや携帯だけではなく、監視カメラ、生体認証などの技術もストーリーに取り入れられている。また、HPと共に主人公である、姉のレベッカ・ノルメンは、保安警察の警護担当の刑事である。一見荒唐無稽なストーリーだが、技術的にきちんと説明されているので、それなりの説得力がある。そして、若者向けと書いたが、作品の中に「ポップ・カルチャー」が常に見え隠れしている。インタビューの中で、インタビュアーがデ・ラ・モッツ自身に尋ねている。
「あなたはこれの陰謀説を信じますか?」
もちろん、過去の未解決の事件が、世界的な秘密組織の陰謀だったという筋書きに触れているのだ。それに対して作者は、笑いながら。
「私の心の中に留めておきます。」
と答えている。
主人公のHPは最初、怠惰な若者として描かれる。二十九歳になりながら、定職にも就かず、麻薬とアルコールに依存する日々を送っている。金に困ったときは、姉のレベッカにいつも援助してもらっている。被害者意識が強い。同時に自己顕示欲も強いのだが、そのために努力をするのも面倒だという性格である。その「怠惰な男」が、最後は「行動する男」になる、その急な変貌ぶりに、少し戸惑いを覚えた。
二〇一〇年に発表されたこのシリーズ、日進月歩のテクノロジーの中、十年後の今読んでも、古さは感じない。最近、「大人向けの」、かなり深みのあるシリーズを書いているデ・ラ・モッツが、このような若者向けのシリーズで名を上げたというのは興味深い。
(2020年4月)