黒いマドンナ
可愛いサ・カローブラの入り江。でも、静かだからこそ可愛く感じるもの。
サ・カローブラの村に戻って驚いた。観光バスが次々と到着し、人々がどんどん降り立っているのだ。辺りはドイツ語に満ちている。妻と僕は顔を見合わせる。
「ここは観光名所なんだ。」
しかし、何せ狭い場所だ、あれだけの人間が来たら、すぐ人で一杯になってしまう。朝早く来てよかった。確かに可愛い入り江の村だったが、あれだけの人に囲まれると興ざめになってしまう。朝の空いているうちに、雰囲気を楽しめた僕達はラッキーだったわけだ。
「早起きは三文の得。」
帰り道はマユミの運転。普通の車がやっとすれ違える幅の、ヘアピンカーブの連続した道。そこへ向こうから観光バスがどんどんやってくるのだ。マユミも運転に苦労している。上の方にバスが見えると、道幅に余裕のある場所に停まって、やり過ごすしかない。正直言って、自分で運転している方が、マユミの運転する車の助手席に座っているより、よっぽど精神的に楽なのだが。彼女にも「参加した」という満足感を与えなくてはいけないし。
帰り道、ユック修道院に寄る。ここには「黒いマドンナ」がある。前日、デートレフが、
「『ディ・シュヴァルツェ・マドンナ』(黒いマドンナ)を見ずして、マヨルカを語るなかれ。」
と言った。
「どんなんだろう、日光東照宮の『眠り猫』みたいなものかな。」
楽しみがつのる。
修道院の駐車場に車を置き、中に入る。マヨルカ島の他の建物と同じように、修道院もベージュ色の石で作られていた。スペインやポルトガルにはカトリックの修道院が沢山ある。そして、そこから何人もの宣教師が日本やアジアの国を目指したわけだ。
建物に入る。中庭は良い雰囲気。白い大理石の床が眩しい。「バジリカ、礼拝堂」に入る。正午の明るい光の中から、薄暗い礼拝堂に入ると、一瞬何も見えない。両側にフレスコ画がかかっているが、なかなか地味な、落ち着いた場所だった。礼拝堂の奥に、もうひとつ小さな礼拝堂があり、そこにこの修道院の「秘宝、黒いマドンナ」があった。高さ一メートルほどのイエスを抱いたマリアの像。確かに濃い褐色をしていた。
「へえ、こんながけ。」(あらまあ、こんなのだったのね。)
と妻の故郷の金沢弁で感心する。
修道院の裏山に登り、修道院と、周囲の谷を眺める。このあたりは緑が多い。どれも松の木のようだ。雨が多いのだろうか。正午を過ぎで暑い時間。修道院の「長屋」の風の通る場所にいると涼しくて気持ちがよい。帰り道にも沢山のサイクリストと出会った。
その夜、レストランの親爺さんに聞いたのだが、マヨルカ島で話されている言葉はスペイン語(カステリャーノ)ではなく、カタラン語のマヨルカ方言であるらしい。カタラン語とは、バルセロナの辺りで話されている言葉で、ちょうどスペイン語とフランス語の中間のような言葉とのことだった。でも、マヨルカ島の本当の共通語はドイツ語では?
これがマヨルカ島の顔とも言える「黒いマドンナ」。