兄弟の成功と挫折
俳優の演じる役柄がどんどん変わっていく。ついて行くのが大変だった。
汗だくで劇場に到着。
「何とか間に合った。良かった。」
と、ホッとする。劇場にもし遅れて来たら、途中で入れないから。娘とボーイフレンド、彼らの友人の計六人で席に就く。甲子園のアルプススタンドみたいな傾斜のきつい席だが、舞台の正面で結構良い位置。この劇場もロンドンの古い劇場の例に漏れず、冷房はなく、大きなファンが回っているだけ。そのファンも、開演と同時に止まってしまう。
「ファンの音がうるさいから止めるんだって。」
と娘のボーイフレンドが言った。これじゃ、汗が止まらない。
末娘とは、これで、二週間続けて観劇をしていることになる。前週の土曜日、ふたりで、王立歌劇場でオペラを見た。その時も、切符を二枚買ったもののボーイフレンドが来られなくなったので、僕に「おはち」回ってきたのだった。そして、今回も。一年に一度劇場に行くかどうかという僕が、二週続けて劇場に行くなんて。誘ってくれる娘に感謝感謝。
第一幕は、一八四四年、ヘンリー・リーマンがニューヨークに降り立つところから始まる。彼はドイツのバイエルンから、ビジネスでの成功を夢見て米国に渡ってきたユダヤ人である。彼に続いて、弟のエマニュエルとマイヤーも米国に到着。彼らは、事務所に「リーマン・ブラザーズ」の看板を掲げる。
彼らが最初に手を染めたのは、穀物の仲買であった。彼らは、綿花の仲買で成功する。南部で採れた綿花を北部の工場に送ることにより、売上げと利益を伸ばす。しかし、一八六一年から南北戦争が始まり、事態は急変する。南部からの綿花を北部へ運べなくなる。そして戦争が終わった時、南部の綿花産業は荒廃し、その後次第に衰退していく。長男のヘンリーは、商品取引に見切りをつけ、金融業に転換することを決める。会社の名前も「リーマン・ブラザーズ・バンク」に改められる。おりしも、ニューヨークが、ロンドンに代わり、世界金融の中心となりつつある時期であった。
第二幕の重要人物はエマニュエルの息子、フィリップ・リーマンである。彼は、ビジネスの天才とも思われる男で、若くからその才能を発揮する。緻密な計算と、先を読む能力で、彼は的確な投資をし、着実に利益を上げていく。最大の成功の原因は、当時発展途上であった鉄道に投資をしたことであった。彼の活躍で、「リーマン・ブラザーズ・バンク」は米国でも一、二を争う投資銀行に成長する。
しかし、一九二九年、「ブラック・サーズデー」(黒い木曜日)が訪れる。「ウォール街大暴落」である。株価は大暴落する。多くの投資家が自殺をする。そのピストルの音が、彼らのオフィスにも聞こえてくる。多くの銀行が倒産し、人々の預金が失われる。これまで先を読むことに長けてきたフィリップだが、生まれて初めての「先を読めない」事態に呆然とする。これまで、数字だけを見て、金があると信じていた人々が、それが如何に「机上の計算」であったかを、知る時だった。