大西洋には点がない
ロンドン、ガトウィック空港から、旅行会社トムソンのホリデー便でラ・パルマ島へ向かう。
「どうして『太平洋』の『太』には真ん中に点があって、『大西洋』の『大』には点がないか知っとるか。」
シミズ先生が僕たち生徒に尋ねた。四十数年前、中学校の地理の時間。誰も答えられない。
「この『点』は島なんや。太平洋には、ハワイとかグアムとかタヒチとか島があるやろ。だから点がある。大西洋には島がない。だから点がない。」
「ナルヘソ、さうだったのか。知らなんだわ〜。」
僕は納得した。しかし大西洋にも島はあったのである。確かに、太平洋に比べると大西洋には圧倒的に島が少ない。しかし、皆無ではないのである。ポルトガル領でワインとバナナで有名なマデイラ島、ナポレオンが流さたセント・ヘレナ島、そしてスペイン領のカナリア諸島など、大西洋に浮かんでいる島も僅かながらあるのだ。
今回、アフリカはモロッコの沖に浮かぶ、カナリア諸島の中のひとつ、ラ・パルマ島で一週間を過ごすことになった。カナリア諸島は、七つの島からなっている。どうして「カナリア」なの、良い声で歌う鳥がいっぱい住んでいるからなの、と想像したくなる。島の方が先で、鳥のカナリアはこの島の原産だという。スペイン語でカナリアは「犬」、島と犬の関係には諸説あるらしい。ともかく「犬の島」なのだ。
そもそも、どうして大洋の真ん中に、「忽然と」という感じで島が出来たのか。それは火山活動によるものだ。真下に火山帯があり、火山が噴火して島が出来たのだ。つまり、日本の伊豆七島みたいなもの。従ってどの島も山がちで、テネリフェ島の一番高い山は何と三千七百メートル余。つまり、海の上に富士山が聳えている感じ。今回僕と妻が訪れたラ・パルマ島はその一番西に位置する。そこから先は何千キロもの海、アメリカ大陸まで陸地がない。
いつもホリデーの段取りをするのは妻の仕事。今回も彼女がインターネットでリサーチした上で予約した。ある夜、夕食のとき、
「今度のホリデー、カナリア諸島のラ・パルマにしたわ。」
と妻が言う。グーグルで「カナリア、ラ、パルマ」と入力して調べてみた。すると、「グラン・カナリア」という島の「ラス・パルマス」という場所が出てきた。僕は絶対にそこに行くものだと思っていた。しかし、「ラ・パルマ」というのはちょっとマイナーだが、独立した島の名前だった。実は、地中海に浮かぶマヨルカ島にも「ラ・パルマ」という町があり、これもややこしさに輪をかけている。しかし、間違えたのは僕だけでなかった。
島に着いた翌日、旅行会社の現地エージェントのジェイが、島について説明してくれた。
「実際、このラ・パルマ島と、グラン・カナリアのラス・パルマスと、マヨルカ島のラ・パルマを間違える人はいっぱいます。地中海に行くつもりが、着いたら大西洋だったとか、その逆だったとか、よく聞きます。この前なんか、ホテルと飛行機を別々に予約して、飛行機は地中海で、ホテルは大西洋だったとか・・・」
もちろん冗談だとは思うが、有り得そうなだけに面白い。
四時間の飛行の後、ラ・パルマ空港に着陸。窓の外にきれいな虹が架かった。